スピッツ、『ひみつスタジオ』とともに“今”を示した究極のツアー 日本武道館公演を観て

スピッツ『ひみつスタジオ』ツアーを振り返る

 全国ツアー『SPITZ JAMBOREE TOUR ’23-’24 “HIMITSU STUDIO”』の終盤。6年5カ月ぶりの日本武道館公演でスピッツは、最新アルバム『ひみつスタジオ』の収録曲を軸にした“今”のバンドの状態をダイレクトに提示してみせた。

 会場に入ると、工場(≒ひみつスタジオ)をモチーフにしたステージが目に入った。“HIMITSU STUDIO”のロゴ、アルバムジャケットに登場したロボット“i-O”、巨大なスケートボードなどが置かれていたが、特に印象的だったのは、大きなペンチに挟まれたイチゴのオブジェだ。力を入れて掴めばすぐに潰れてしまいそうな、甘酸っぱく、繊細な存在や感情を、強靭なストラクチャーを備えたバンドサウンドによって、他にはない独創的な音楽へと結びつける――ひときわ目を引く“ペンチ×イチゴ”のオブジェは、まさにスピッツそのものだ。

 ライブの核を担っていたのはもちろん、アルバム『ひみつスタジオ』の楽曲だ。冒頭、メンバーの登場に手間取り(イヤモニの取り違えがあったそうです)、“三輪テツヤ(Gt)が数分間ひとりでステージにいる”というハプニングがあったが、﨑山龍男(Dr)のカウントから「めぐりめぐって」が始まった瞬間、バンドの演奏と歌にグッと引き込まれる。バンドとリスナー、ファンの関係を直接的に歌ったこの曲を『ひみつスタジオ』ツアーの1曲目に持ってくるメンバーの意思も相まって、オープニングから強く心を揺さぶられた。

 さらに草野マサムネ(Vo/Gt)のアコギのストローク、三輪のアルペジオの絡みが美しい「ときめきpart1」では、恋愛が始まった時の感情の揺れ、痛みと不安とときめきが混ざり合った状態を鮮やかに描き出し、パンキッシュな匂いを振りまく「跳べ」では、コロナ禍の鬱憤を晴らすようなアグレッシブなサウンドを高らかに鳴らす(三輪と田村明浩〈Ba〉はステージの端から端まで移動し、観客の間近で演奏)。紫の照明のなかで披露された「紫の夜を越えて」では、バンドのタフネスをしっかりと体感することができた。ツアー終盤とあって、バンドのコンディションは最高潮。アルバム『ひみつスタジオ』の楽曲もステージでさらに鍛えられ、力強さとしなやかさを増していた。

 より直接性を増したように思えるアルバムの歌詞の世界をじっくりと堪能することができたのも、この日のライブの大きなポイントだった。「大好物」の〈君の大好きな物なら 僕も多分明日には好き〉というラインを直接聴けたことにもグッときたが、個人的に最も心に残ったのは、「手鞠」。独りが苦手だったり、群れに馴染めなかったりする自分――このふたつは矛盾しているようで、実は背中合わせだ――を俯瞰しつつ、〈かなり思ってたんと違うけど/面白き今にありついた〉というフレーズに至るこの曲をライブで聴くと、草野自身(または楽曲の主人公)の思索の変遷を追体験したような感覚になる。レゲトンとロックを結びつけたリズムも楽しい。

 サウンドの面白さで言えば、やはり「未来未来」だろう。ファンク、シティポップ、ロックが混ざり合うアンサンブルのなかで、民謡出身のシンガーソングライター 朝倉さやのコーラスがフィーチャーされた楽曲は、ライブの祝祭感をさらに増幅させていた。ミクスチャーの進化型と称すべきこの曲は、今回のツアーの大きな見どころだったと思う。

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