矢野沙織、菊地成孔と作り上げたソロアルバム『The Golden Dawn』 20年の集大成に奏でる“祈り”
アルバムに滲むチャーリー・パーカーへの大きな想い
――今回のアルバムはスタンダード曲とオリジナル曲で構成されていますが、どのような配分にしようと思っていました?
矢野:あまり何も考えていなかったんですよ(笑)。基本的には『Charlie Parker With Strings』に入っているアイコニックな曲を持ってきました。ジェームズ・ムーディが愛した曲はチャーリー・パーカーもやっていたりするので、ムーディのソロの一節を入れたりもしています。オリジナル曲に「14」「15」「16」という数字がついているんですが、それは年齢です。14歳はライブ活動を始めて、15歳で渡米して、16歳でデビューが決まりました。各曲、その時その時の気持ちです。
――「Gated City:14」は、緊張感が伝わってくる曲です。
矢野:この曲の前が「Autumn Leaves」で、たまたまアレンジがリンクしたんです。だから繋げちゃうことにして、コントラバスから入ることにして。今は曲単位で聴くことが多いですけど、こうしておけばうっかりそのまま「Gated City:14」も聴いていただけるのかもしれない、という狙いで(笑)。14歳でライブ活動を始めようとした時に、「女子供にはやらせない」って言われたりとかしたんです。日本国内にも性差別はあって、「管楽器は子供にはできない」という感じのことがあったんですよね。そういう壁にぶち当たりながらいくつものライブハウスをあたったけどやらせてもらえなかった情景をこの曲で描きました。なかなかライブをやらせてもらえなかったなか、1軒だけやらせてくれる場所があって、そこでいろんな人と出会って広がっていったので、「ちょっと開いたよ」ということを最後のテーマで表現しました。
――「Beginning:15」はそういう日々を経てからの始まりの曲ですか?
矢野:そうですね。アメリカに行ってセッションをして、当然いじめられてっていう(笑)。
――デジタルサウンドが含まれていて、印象的なメロディのリピートによって独特な昂揚感が生まれる曲ですね。がむしゃらな格闘の雰囲気というか。
矢野:そうですね。NYで「どうしようもない感じ」というのを味わったんです。あの街は素晴らしい側面もあるけど、なんとも説明がつかない、「ああ、これはどうしようもないわ」っていう時があるんですよ。人種の坩堝ということだけではなく、土地自体が持っている力も強いのかなと思ったりもします。そういう街で抱いた「どうしよう?」という迷いだったり、いろいろなものが重なってみんなが喋っているような状態を表したくて、この曲のあのビートになりました。
――「UNCHAIN:16」は、「14」「15」と較べるとロマンチックなテイストですね。
矢野:もちろんそうなんですけど、アウフタクトを1拍ズラすことで不安定感を出しました。14歳の時は自信満々で「私はできるのにやらせてくれない!」という反骨心しかなかったけど、15歳の時にだいぶやられて、16歳でデビューできることになった時には、いろんなところから足を引っ張られて。「私は下手なのにデビューしちゃうんだ」という不安感と希望の両方があったんです。そういうことをどうとでも取れるように、曲にしました。
――オリジナル曲の制作の過程では、ピアニストの竹下清志さんがアドバイザーとしてサポートしてくださったんですね?
矢野:そうです。「竹下さん! 私にはわからないですー!」ってお世話になりっぱなしでした(笑)。いろいろな断片をお渡しして、助けていただくような形でしたね。
――矢野さんから生まれた断片を組み立ててくださったということですか?
矢野:はい。「UNCHAIN:16」のアウフタクトを1拍ずらすというのも竹下さんのアイデアです。とてもお世話になりました。
――チャーリー・パーカーが作曲した「My Little Suede Shoes」は、ラテンテイストのサウンドがおしゃれですね。
矢野:あの時代はカリブ海で何かを夢見る感じがジャズミュージシャンのあいだであったみたいで。キューバとビ・バップを合わせた「キュー・バップ」というものもあって、当時はあまり流行らなかったそうなんですけど。「My Little Suede Shoes」はキャッチーなのに掴みどころがないのがチャーリー・パーカーらしいです。彼の曲は、にこにこ笑いながらワーワー泣いているような雰囲気を感じます。すごく好きな曲ですね。
――矢野さんにとって、やはりチャーリー・パーカーは大きい存在なんですね。
矢野:そうですね。彼に対する想いは強いものがあります。でも、チャーリー・パーカーにすごく詳しい人は細かなことをよくご存知ですよね。私は感想みたいなことしか言えないです(笑)。
――矢野さんは感性の部分でチャーリー・パーカーとたくさん対話してきた愛好家ということだと思います。
矢野:そうだといいんですけど。
――ミュージシャン、アーティストは細かな知識とデータを把握している評論家にはできない評論ができるというか。感性を通じて「この音楽はこうなんです」と表現できる存在だと思います。「私が思うチャーリー・パーカーとはこうなんです」「ビ・バップとはこうなんです」と音で表現したのが、今回のアルバムということで。
矢野:今回は特にそうなりました。チャーリー・パーカーがお好きな方にもぜひ聴いていただきたいです。怒られちゃうかもしれないですけど(笑)。
――(笑)。「I'm In The Mood For Love」もストリングスが入っていますが、最近ではビリー・アイリッシュもカバーしていましたね。
矢野:エイミー・ワインハウスは、「Moody's Mood For Love」を歌っていましたよね。
――「The Song is You」は、フランク・シナトラでも有名ですね。
矢野:シナトラやチェット・ベイカーとか、いろんな人のこの曲はロマンティックですけど、チャーリー・パーカーだけがなぜかシャウトしている感じがするんです。しかも“With Strings”なのに。そういう爆発力が好きで選んだ曲です。
――「Ornithology」は、テンポチェンジを何回もする展開がスリリングです。
矢野:菊地さんが昔、「Scrapple From The Apple」をすごくゆっくりやったというお話を聞いたことがあったので、「真似していいですか?」とお話したんです。「ゆっくりやるよ」とピアノを弾いてくれた渡辺翔太くんに言ったら、彼なりの解釈であのテンポになって、途中で速くなったりもしていきました。
――「Ornithology」もそうですけど、チャーリー・パーカーの曲は変わったタイトルが多いですよね。「Klact-Oveeseds-Tene」は、読み方に戸惑ってしまいます。
矢野:こういう言葉はないみたいです。
――ドイツ語と英語を合わせた造語でしたっけ?
矢野:調べるとそう解説されているんですが、一説によると「今の曲のタイトルはなんですか?」って聞いて、チャーリー・パーカーが「○×△%&#$」って言ったのを誰かが書き留めてこうなったらしいです。そのエピソードが好きなので、私はそのまま信じています。この曲は譜面が残っていないんですよね。あんまりちゃんとした曲じゃないんじゃないかな? 彼の言語センスは非常に独特で適当というか。他の人はもっと「至上の愛」とか壮大なものをつけるじゃないですか? でも、彼のネーミングは面白いですよね。
――「Klact-Oveeseds-Tene」は、情熱的な演奏ですね。
矢野:そうですね。これはセッションで録ったんですけど、キングレコードが所有している89鍵のピアノを翔太くんが使ったんです。このピアノでしか出せないいちばん低い音が最後に入っているので、それがかわいくてアルバムの最後にしました。