DCPRG『構造と力』リリース20周年 菊地成孔が語る、オルタナティブなグルーヴの現在

DC/PRG『構造と力』20周年インタビュー

 音楽家で現在は音楽ギルド・新音楽制作工房も運営する菊地成孔。彼が率いていたDC/PRG(Date Course Pentagon Royal Garden/当時はDCPRG)による2ndアルバム『構造と力(Structure et Force)』が、2003年9月25日の発売から20周年を迎える。

 本作の収録曲は前作『アイアンマウンテン報告』と比べ、さらにクロスリズムやポリリズムにフォーカスしており、当時としては律動的かつかなり先鋭的な内容だった。特に当時、4拍子と5拍子が同時に鳴るリズムを踊れる楽曲に落とし込んだのは驚嘆でしかない。

 しかし執筆家でもある菊地が膨大なテクストを残した副作用なのか、雑誌カルチャーの衰退が原因なのか、音楽そのものを具体的に語ったインタビューはネット上にほとんどないのが実情だ。そこでリリース20周年を期に『構造と力』の音楽的な回想を依頼。

 「5」という数字(ペンタゴン)にこだわる菊地の次なるビジョンはスペイン・イビサ島だった。(小池直也)

当時は一般的ではなかったクロスリズムやポリリズム

ーーDC/PRG『構造と力』は発売から20年後の今、ご自身にとってどんな作品ですか?

菊地成孔(以下、菊地):僕は39歳の時にパニック障害を発症したんです。最初は治療に行くのが怖くて、その後に医者を紹介してもらいました。精神分析的心理療法を始めたのが、ちょうど本作をリリースした40歳の時。少なくとも僕に関しては、病気によってクリエイトする力が文字通り“病的”に上がりましたね。

 ちょうどその時、第2期SPANK HAPPY『VENDOME, LA CHIC KAISEKI』も同時に制作していて、そのバックトラックの打ち込みと『構造と力』のマニピュレート(デモテープの打ち込み)の両方をお願いしていたのが、当時の生徒のなかで突出した才能を持っていた上林俊雅君だったんです。

 浅草のビジネスホテルに1カ月ほど泊まって、そこから彼の家に通いながら、LogicとPro Toolsを使って思いついたら『VENDOME~』、また思いついたら『構造と力』と制作していました。今やったら片方がいいかげんになったりすると思いますが、どちらのクオリティも非常に高かった。あんな作業はもうできないと思います(笑)。

――『構造と力』収録曲は当時としては複雑なリズムのアイデアが採用されたものばかりですが、その頃のDTMで打ち込むのは苦労されたのでは?

菊地:上林君は本当に天才だったので何の抵抗もなくサクサクやってくれましたね。それよりも投薬のない精神分析的心理療法ということもあり、途中で起きるかもしれない発作の方が心配でした。でも結局、制作中はまったく発作が起きませんでした。むしろ夜中にホテルにいる時間に具合が悪くなったりして(笑)。

 また演奏中にも起きなかったので、結果的に僕の場合はクリエイト中は何ともないのだなと。パニック障害は鬱と逆でエネルギーがあり余っている状態ですから、その時に集中して作品を作っていれば症状は出ないわ、力も投入できるわ、とメリットばかり。1カ月休みもなく制作し続けていました。

――当初はフランスでレコーディング予定だったそうですね。

菊地:はい。スタジオも押さえていました。ただパニック障害は密閉空間に長時間いるのがきつくて、飛行機も乗れないんです。ですから、そこだけはギブアップしてレコーディングは東京のスタジオでやりましたね。

――リズム構造を7パターン考えてから作曲を開始されたそうですが、コンセプトの着想についても改めて教えてください。

菊地:異なる拍子が同時に演奏されるクロスリズムやポリリズムは今でこそ当たり前ですが、当時は世界的にも一般的ではありませんでした。リズム的にみれば、1作目『アイアンマウンテン報告』でも3拍子と4拍子が交差する「PLAYMATE AT HANOI」と全員が違うテンポで演奏する「CATCH 22」以外は、「HEY JOE」や「MIRROR BALLS」といった4拍子の楽曲がほとんどです。

 お客さんが踊るのも4拍子の曲か、せいぜい7拍子の「CIRCLE/LINE~HARD CORE PEACE」で、クロスリズムになると足が止まってしまう(笑)。でもあえて2作目はそこにフォーカスしました。それから1曲のランタイムが長くなるので収録するのは6曲、全部の曲にクロスリズムの構造を決めてⅠ~Ⅴと番号を振る、と考えていきましたね。

 というのも、僕は言葉からインスピレーションを受けることが多く、本や他の作品タイトルからの引用、「インターテクスチュアリティ」をしばしば使うんですよ。本作についてもフランス人の現代音楽家、ピエール・ブーレーズによるピアノ曲「構造Ⅰ」(1951年)、「構造Ⅱ」(1956年)から着想して、「構造Ⅲ」とか「構造Ⅳ」、「構造Ⅴ」と続いたら面白いんじゃないかと。

――アルバムのタイトルも浅田彰氏の著書からの引用になっています。

菊地:自分の青春・80年代に「ニュー・アカデミズム」が流行り、哲学家・浅田彰さんの『構造と力』という本がベストセラーになります。「音楽は構造体である」という発想で作られたであろうブーレーズの作品に対して、浅田さんの本はフランスで興った「ポスト構造主義」に関する内容でした。

 でも僕は「構造と力」という言葉が著者の意図を越えて、音楽そのものを示していると感じたんですよ。特にダンスミュージックだなと。あれは数小節でループするリズム構造があって、それがエンジンのように回転することで力を生み出す音楽ですから。それが僕にとってはファンクのことでした。だから『構造と力』は4小節かつポリリズムな構造体を6つ作り、それをアレンジしていく方向性で制作していったんです。

 ちなみに浅田さんにも昨年ようやく、TOKYO FMの番組『after the requiem~ゴダールについて私が知っている二、三の事柄』で会った時に話して、タイトル使用の許諾を得ました(笑)。

「どんな複雑なビートでも、いずれ観客が踊り出す」と1作目で理解できていた

――では各楽曲についても聞かせてください。まずは「構造Ⅰ(現代呪術の構造)」について。

菊地:この曲は5拍子と4拍子のクロスリズム。5拍子はいわゆる変拍子で、それを4拍子にすると5連符(4拍5連)になります。5連符といえば、20年が経った今だとMIDIで標準装備だし、ロバート・グラスパー『Black Radio』で叩いているドラマーのクリス・デイヴ以降におけるジャズでも「リズムの訛り」として当たり前の感覚になりましたが、当時はまだ誰もやっていなかった。それをちゃんとデザインしようという曲なんですね。

 このなかでループされる2小節のリズムは、私が以前やっていたバンド・Tipographicaの「侵略はゆっくりと確実に」からの引用でした。Tipographicaは私以外にダンスミュージック志向のメンバーがいなくて、ジャズのミュージシャンがクラブミュージックを人力で演奏するという方向性はなかったんです。

 特にリーダー・今堀恒雄の音楽的なアティチュードは「誰も追いつけないくらい展開する」みたいなプログレに近いもので、とにかく踊っている場合じゃない(笑)。といっても「この2小節だけをループすれば踊れるんじゃね?」という曲やフレーズも多々あり、「構造Ⅰ」のリファレンスとして使いました。

DATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDEN - structure Ⅰ la structure(Official Music Video)

――該当部分のリズム、特にベースは4つ打ちを強調したロックなフレーズ/5拍子のファンク的なフレーズの両方に聴こえます。

菊地:リズムには頭(ヘッド)と裏(フック)があります。ヘッド感とフック感は一番違う感覚ですが、クロスした逆側の拍で解釈し直すとヘッドとフックが入れ替わってしまうんですね。これに慣れるのが一番大変。色々と試しましたが、どんな組み合わせのリズムにしても“どちらもヘッド/どちらもフック”というパターンは作れませんでした。

 現代はクリックを聴いてレコーディングしますが、あれって要はメトロノームですから。全部ヘッドのリズムなんですね。ロックのようにプレイヤーが興奮するとテンポが伸縮してしまう可能性も高い。一方で中南米のリズムであるクラーヴェは4拍子のなかに打点が5個あってクリックになり得ませんが、8分や16分音符の裏でフックすることで演奏が逆説的に安定するんですよ。

 だから例えばハウスだとビートがヘッド主体ですが、上部のピアノがリズムでクラーヴェ性を担保していたりするし、ギターがその代替となる音楽もあります。でもクロスリズムにすると、ひとつの楽器がクラーヴェ性とクリック性の両方を担える点が面白い。当時は5連符でクオンタイズができなかったので、上林君は5拍子の設定を基本に、4になるところだけ別のクリックを重ねて打ち込んでいました。

菊地成孔 "ビュロー菊地チャンネル「モダンポリリズム講義 第67回

――結果的にこの曲は観客が派手に踊る楽曲になっていきました。

菊地:「どんな複雑なビートを出しても、いずれ観客が踊り出すのだ」と1作目で理解できていました。座って聴いていた人たちが、ある日突然踊り出す「音楽のリテラシーが上がった」という瞬間があったんです。だから「構造Ⅰ」もきっと大丈夫だと。結局はよくできた曲というのもあり、バンドが解散するまで定番曲のひとつとして残り続けましたね。

――後半から打点が変則的なシンコペーションになる「構造Ⅳ(寺院と天国の構造)」はいかがでしょう。

菊地:この曲は4拍子で「構造Ⅰ」と考え方が全く異なります。この「変な打点だけど、よく聴けば4拍子」というのも、やがて一般化すると思ってました。これも今ならメタルやジャズのカテゴリで当たり前ですが、当時は世界的に見ても取り入れている曲は少なかったですね。

 4拍子だと理解できれば踊れますが、打点が色々なので最初はカウントがつんのめってしまうと思います。単なるシンコペーションの登場に始まり、新しいリズムの登場は歴史的に違和感を伴いますが、だんだんと気持ちよくなり、普通になるものなんですよ。僕が目指していたのは、例えばインド音楽やTipographicaの方向性ではなく、フロアが新しい気持ちよさで踊ってくれること、オルタナティブなグルーヴの追求だったんです。

――「構造Ⅴ(港湾と歓楽街の構造)」はキャッチーかつ音価の違う裏拍リズムの対比が効いています。

菊地:この曲は泣きのコード進行に少し複雑なリズム割だけど4拍子の組み合わせ、という意味において1作目の「MIRROR BALLS」的な立ち位置ですね。こちらとしても楽しんでもらいたいので、6曲とも新しいリズム手組みで聴いている人が疲れたら嫌だなというのもありました。

 確かに8分の6拍子になる1コードのセクションは音色とリズム、2拍3連の打点からアフロビートやレゲエのように聴こえてくると思います。曲が泣きすぎるので、そういう部分もあった方がよいと思ったんですね。そこから突然普通の昭和ファンク的なフィルインが入ってくる。そういうことも含めてエンタメにしたつもりです。

――なるほど。

菊地:DC/PRGのライブでは3時間のなかで結局「MIRROR BALLS」でお客さんが爆上がりする、ということが最後まで続きました。新しいリズムを提案している以上、これはある意味で挫折ともいえるかもしれず、嫌になって人気曲を封印するアーティストもいるかもしれません。でも個人的に、そこで悩まなかったおかげでメンタル的に健康でいられたとも思うんですね。

 そもそもあれを作ったのも「我々は実験的な曲もだけじゃなくて、スカパラ(東京スカパラダイスオーケストラ)さんみたいな全員が爆上がりする曲もやりますよ」という表明でしたから、それはもう自己責任なんですけど(笑)。

Mirror Balls

――また10×4のクロスリズムである「構造Ⅵ(シャンパン抜栓の構造)」の構造は理解できますが、「構造Ⅱ(中世アメリカの構造)」と「構造Ⅲ(回転体と売春の構造)」はどうなっているのでしょう。

菊地:「構造Ⅱ」は「CATCH 22」と同じマルチBPMです。セルフカバーだと言ってもいいのですが、この時は構造のひとつとして入れました。前作『アイアンマウンテン報告』の頃のリテラシーだと「世界時計のように別々の速さで演奏し続ける」ということが逆に難しかったんですよ。だからPro Toolsでそれぞれのクリックを聴きながら録ったものをミックスしました。

 初期はライブで実演する時も最初はついつい誰かとBPMが合ってしまうことがありましたが、だんだんと慣れていったので、「構造Ⅱ」は1発で録っています。つまり「『CATCH 22』が人力で演奏できるようになりました」という曲なんですよ。「構造Ⅲ」も「構造Ⅱ」とほぼ同じです。

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