リアルサウンド連載「From Editors」第28回:『スリル・ミー』 役者、ピアノそして観客が作る息もできない空間

 「From Editors」はリアルサウンド音楽の編集部員が、“最近心を動かされたもの”を取り上げる企画。音楽に限らず、幅広いカルチャーをピックアップしていく。

『スリル・ミー』 役者、ピアノそして観客が作る息もできない空間

 「リアルサウンド」に掲載している記事とは思えないくらい「最近観た舞台」を紹介する企画になりつつある、私の「From Editors」。今回は日本国内で10年以上の歴史を持つ『スリル・ミー』を紹介できればと思います。

 1924年にアメリカで実際に起きた事件「レオポルドとローブ事件」を元にした舞台で、世界中で上演されている作品です。ニーチェの思想に傾倒し自分を超人だと思い込み、スリルを求めて犯罪行為を続ける“彼”と、そんな彼を愛し共に罪を重ねていく“私”、そして一台のピアノという極めてシンプルな構成で作品は進んでいきます。

ミュージカル『スリル・ミー』(2023)舞台映像ダイジェスト/木村達成(私役)×前田公輝(彼役)、Pf.落合崇史

 日本公演ではずっと複数組み合わせで上演している今作。今年の“私”と“彼”はそれぞれ尾上松也さん・廣瀬友祐さん、木村達成さん・前田公輝さん、松岡広大さん・山崎大輝さんの3パターンが上演され、今年は木村さん・前田さんの回を観劇しました。

 2人しか役者がいないという性質上、2人の解釈次第で大きく作品像が変わる『スリル・ミー』。私は2021年に今年も演じている松岡さん・山崎さんのペアを観たことがあるのですが、2人と比べて木村さん・前田さんペアは前田さんの“彼”がより人間らしくなったように感じていて、「自分は超人である」と言いながらも自分の弟に嫉妬したり父親を恨んだりと、「実際は超人でもなんでもない」という“彼”像になっていたように感じます。そして、木村さん演じる今回の“私”は一言で言うと「執着の人」で、彼のためだったら当然何でもするという一種の“彼”への信仰に近いような感情が向いていたように感じました。

 また、役者以外にも、今作の魅力は「観客」の存在であるように感じます。上演前、劇場に入った瞬間からかなり強烈な緊張感が走っていて、いざ幕が上ると一息もつけない空気が漂い、客席全員が舞台に没頭していることを感じます。この空気感は劇場に足を運ぶからこそだと思いますし、この中で見るからこそ『スリル・ミー』は面白いのだと思います。

 2人の役者と1台のピアノ、そして観客で作り上げる『スリル・ミー』。これから先、『スリル・ミー』を誰が演じるのか、どのような『スリル・ミー』ができるのか楽しみに見守りたいです。

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