コブクロに影響を与えたヒットへの並々ならぬ熱意 恩師から教わったJ-POPの厳しさ【評伝:伝説のA&Rマン 吉田敬 第7回】

評伝:伝説のA&Rマン 吉田敬 第7回

冬の時期にリリースすることに意味があった「桜」の大ヒット

 ブレイクのきっかけをつかんだコブクロにとって、次のシングルが重要だった。ある日、敬さんのいる社長部屋を訪れたメンバー自らが、敬さんに申し入れた。

「“『桜』でどうですかね?”って僕が言ったんですよ。そしたら目がキラッと光って“それ、ええんちゃう?”“それでええんやな”と念を押されて」(黒田)

「『ここにしか咲かない花』を作る過程とか、出来上がった感じを聴いたときにこれが受け入れられるんやったら、もしかしたら『桜』も受け入れられるかもしれないなと。求められている楽曲の一つのアレンジの仕方を僕と黒田で完璧に覚えたのが『ここにしか咲かない花』だったんですよ」(小渕)

 事態は急激に動き出す。「桜」は2005年11月2日にシングルリリースすることになった。あえて桜が開花する春ではなく、冬の時期に「桜」をリリースするのは、「冬の寒さに耐えて開花を目指す」この時間が大事だからだ。

 敬さんの指令で宣伝部を体育会系の組織に変革しつつあった、当時宣伝課長の竹本現氏(現:ユニバーサル ミュージック)が社長室に呼ばれた。

「サザンを抜くぞ!」

 竹本氏は、敬さんが何を言ってるのか最初はよくわからなかったという。コブクロの「桜」のラジオオンエア回数を、その当時ラジオで一番オンエアされているアーティスト、サザンオールスターズを超えろというメッセージだった。

「何回まわせるんだ?」

 発売前と発売週で全国で500回オンエアすれば、サザンオールスターズの新譜の時にかかるオンエア数を超えることができる。当時のコブクロにとっては途方もない数字だった。気がつけば社内には「We Can 500」という横断幕が作られていた。

「僕らもその横断幕の前に呼ばれて。吉田社長が全社員を前に陣頭指揮を執ってくれて。“500回この期間にラジオでオンエアするんだ! えいえいおー!!”みたいな。僕らも“よろしくお願いします!”って挨拶して」(小渕)

「僕は正直、500という数字がどれくらいのものかわからなかったんですよ。でもそれを“絶対にやるから、絶対に”っていうのが、吉田社長の今まで出会ったどの人とも違う部分。あれで信頼関係が生まれた感じがあるんですよね。有言実行の人に初めて会った」(黒田)

 竹本氏は、もう後戻りはできないと覚悟を決めた。
「結果が全てと言い切る敬さんを結果で見返したかった」(竹本氏)

 結果、「桜」は見たこともないオンエア回数を記録した。
 目標だった500回/2週に対して800回/2週、「We Can 500」を大きく上回る「We Can 800」を達成することができた。当時、敬さんに鬼軍曹役を命じられた竹本氏が体育会系の宣伝部を確立した瞬間だった。

 その頃の僕はというと、目の色を変えて頑張る宣伝部を横目に、どうしたら「桜」のヒットに貢献できるかを模索していた。敬さんからは「桜」のテレビCMスポットのアイデアを求められていた。僕の部署(宣伝企画部という名のタイアップチーム)の電通担当にコーディネートしてもらい、電通のクリエイティブチームにそのアイデアを求めることにした。
 そのクリエイティブチームも、敬さんが反応した桜という花の特性「冬の寒さに耐えて開花を目指す」という部分に着目した。

 そして、生み出されたキャッチコピーは、
「一瞬のためなら、一生、生きられる。」
 儚く散るからこそ、一瞬の輝きに魅了される。楽曲の世界観にも寄り添いつつ、桜を美しく感じる日本人の普遍的な心情と絶妙にリンクしている素晴らしいキャッチコピーだと思った。
 絵コンテとともに、敬さんにプレゼンした。
「『桜』は誰に向けて売るんだ?」
「全ての世代です」
 全ての世代ということで、10代、20代、30代を代表する役者をキャスティングし、それぞれが主人公を演じる3バージョンのCMを制作することとなった。
「いいコピーだな」
 キャッチコピーを気に入ってくれた敬さんは自ら動き、成海璃子(10代)、速水もこみち(20代)、天海祐希(30代)をキャスティングすることに成功した。豪華キャスティングによるこのテレビスポットは話題を呼び、各情報番組で取り上げられた。いま思うとこのコピーは、敬さんの生き方そのものともシンクロしているような気がした。

「衝撃でした。ある日、吉田社長の部屋で“ちょっと見てくれる?”って。何が始まるのかと思ったら“今度CMスポット打つから”って。(完成したCMを見せられて)何の相談もなしにこんな作る人おんの!? って驚きました。“これは宣伝だからアーティストに口を出されたくない”っていうスタンスで。そんなやり方する人、それまで見たことがなかったから戸惑いましたね。でも出ている人や世界観も文句のつけようがなかった」(黒田)

 「桜」のロングヒットが牽引する形で、その年の12月にリリースされたアルバム『NAMELESS WORLD』は、ミリオンを達成。悲願の『NHK紅白歌合戦』初出場も果たした。

「今まではどこかで自分らだけの力でやってきた感じだったのが、あの時初めてワーナーミュージック・ジャパンの社内の盛り上がりを見て、“こうやって売ってもらうんや。レコード会社の人って売るんや!”って。売るってこういうことなんだと初めて体感しましたね」(黒田)

コブクロ「桜」

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