イラストレーター のう、ボカロPが楽曲を書き下ろす『レゾンデートル』への手応え ボカロ文化らしい制作のキャッチボールも
「ベノム」や「ダーリンダンス」を筆頭にしたかいりきベアの様々な楽曲や、Kanariaの「KING」などボカロ界を代表するヒット曲のイラストを担当していることでも知られるイラストレーター・のう。彼女が自身のイラストを元にボカロPが楽曲を制作するプロジェクト、レゾンデートルのアルバムが11月8日に発売される。
この作品には、雄之助、164、なきそ、かいりきベア、まらしぃ、ぐちりといった人気ボカロPが集結。のうによる架空の生物をモチーフに生み出されたキャラクターたちに合わせた楽曲を制作することで、キャラクターたちの「存在」(フランス語で「レゾンデートル」)に命を吹き込んでいる。
ユニークなプロジェクトのはじまりから実際の制作過程までについて本人に聞いた。(杉山仁)
ボカロ曲のイラストと普通のイラスト制作の違い
――のうさんがボカロPの方々とお仕事をするようになったきっかけはどんなものだったんでしょうか?
のう:ニコニコ動画で初音ミクとボカロPさんたちの楽曲がすごく盛り上がっている頃に、「すごく面白いことをやっているな」とその文化に興味を持ったんです。そこで、好きな楽曲の二次創作のイラストを描いて、Twitterやpixivにアップして遊びはじめたのが最初のきっかけでした。そうすると、自分が描いたイラストをボカロPさんご本人が見てくださったりするようになって、「楽曲のイラストを描いてみませんか?」とお話をいただくようになりました。
――好きなものの二次創作を発信していたら、それが仕事になっていったんですね。
のう:そうなんです。本当にありがたいです。
――では、2015年の「セイデンキニンゲン」からはじまった、かいりきベアさんとのお仕事のきっかけといいますと?
のう:かいりきベアさんと私の共通の知人だったボカロPのわか/IMBKさんに繋げていただいたのが最初でした。わかさんとかいりきベアさんと私で一緒に創作をしたりして、かいりきさんの楽曲でもイラストを描かせていただくようになりました。
――2015年というと、のうさんは活動をはじめて4〜5年経った頃で、かいりきベアさんも『IMITATION GALLERY』でメジャーデビューをした直後のお話ですね。
のう:その頃というと、かいりきベアさんがちょうどボカロPさんとしてノッてきた時期だったと思うんですけど、私もちょうどかいりきさんの曲をランキングで見ていました。
――当時ののうさんは、ボカロ曲やボカロPのみなさんにどんな魅力を感じていましたか?
のう:とにかく「自由だなぁ!」と思っていました。同じボカロの楽曲でも、曲をつくる方それぞれの作家性が感じられるところがいいなと思いましたし、自由だからこそ敷居が低くて、誰でも参加できる雰囲気がある界隈だな、と思っていました。それで、「自分もそこに参加してみたい」と思って、実際に乗っかってみたら楽しかった、という感覚です。
――ボカロ楽曲のサムネイラストを描く際、特別に工夫していることはありますか?
のう:やっぱり、ボカロ曲のイラストって、普通のイラスト制作とはちょっと違うな、と思います。今はスマートフォンでYouTubeのような動画サイトを見る方が多いと思うんですが、その場合、サムネイルは楽曲の顔になるものでありつつも、画面上ではかなり小さく表示されてしまいます。そこで、色数を絞ったりシルエットに気をつけたりして、小さく表示されても目立てるようにレイアウトを考えています。
――のうさんのイラストはどのイラストもガツンと目に飛び込んでくるようなインパクトがあると思うのですが、それは実際に工夫されていることなのですね。
のう:その辺りは一番気をつけていることかもしれません。昔からパッと見た瞬間にインパクトを感じるイラストが好きではあったんですけど、ボカロPさんとお仕事をしていく中で、それをより突き詰めていったんだと思います。
――たとえば、かいりきベアさんの「ベノム」や、Kanariaさんの「KING」のような楽曲では、それぞれイラストでどんな工夫をしましたか。
のう:「ベノム」はもともとv flower(ブイフラワ)のイベント用の楽曲だったので、まずはキャラクターが前面に出ることを大切にドン!と中央に配置していて、曲の中で印象的な〈めっ!〉というフレーズが生かせるようなポーズを描いていきました。
――実際、のうさんが描かれた胸の前で指をバツに重ねるポーズは、〈めっ!〉の部分の魅力をわかりやすく伝えるような効果を生んでいるように感じました。
のう:そうだとすごく嬉しいです。簡単なポーズなので真似もしやすいと思いましたし、二次創作でファンアートをたくさん描いていただく要因にもなったのかな、と思っています。ボカロPさんとのお仕事では、その楽曲の魅力をストレートに、一番分かりやすく表現することを大切にしています。その上で、二次創作でどんどん広がっていく面白さもある文化なので、二次創作をしてもらいやすい構図やポーズであることも意識しているんです。
――「この曲、ここがいいですよね!」と視覚的に表現する、楽曲の最初の理解者のような役割を担っているということですね。
のう:実際、私自身、仕事をしながら「この曲のここがいいな」と大いに盛り上がったりしています(笑)。「KING」の場合は、色数を絞ることで、「『KING』の色は赤」と印象づけるようなパンチを出そうと思っていて、イラスト自体もコントラストが強いパキッとしたものにしています。そうすることで、引きで見たときにもシルエットがわかりすい、印象的なものになると思ったんです。ポーズについては、二次創作で楽しんでもらえることを考えていきました。たとえば今だったらVTuberさんが自分の姿に置き換えたりしても、色を変えても、「KING」になるようなポーズやシルエットを意識しています。完成形をつくったというよりも、いろんな方に「自分用に変えて楽しめるようなテンプレート」をつくったという感覚に近いかもしれません。
――なるほど。実際に、「KING」は多くのVTuberさんにカバーされています。
のう:楽曲が魅力的なのはもちろん大前提なんですけど、それをサムネイルのマネしやすさで後押しできたらな、と思って考えていきました。制作者さんの楽曲を最初に聴くいちリスナーとして、まずは自分が楽しんで聴くことを大事にしつつ、「その曲が何を伝えたいのか」「どうしてこういう歌詞にしたのか」というところもボカロPさんに聞いて、「だからこういう歌詞/リズムになっているんだな」と自分の中で噛み砕いていく作業がまずは大切です。実際にイラストを描くのは本当に最後の段階で、その前に「楽曲の成り立ちがどうなっているのか」をとことん掘り下げていくので、共感する力を大事にしています。
――実は楽曲を知ることの方により時間をかけているんですね。
のう:イラストを描くのは本当に最後、平均して10時間程度はかかるんですけど、それ以前に、たとえばお風呂に入っているときや、ちょっと買い出しに行っているときに「あの曲の歌詞は、きっとこういう意味なのかな」と考えている時間が、計測しきれないほどたくさんあるんです。それを整理して、やっとイラストに落とし込める、というワークフローです。
――11月8日に発売される『レゾンデートル』は、これまでとはベクトルが違って、のうさんが描いたイラストにボカロPのみなさんが楽曲をつくるプロジェクトです。このプロジェクトはどんなふうにはじまったんでしょうか?
のう:2021年の年末頃に私のイラストから曲をつくってもらいませんか、とスタッフの方に提案していただいたのがはじまりで、構想に実質2年ほどかかっています。でも、最初はちょっと迷ったんです。いつもの手順をひっくり返したときに、「それで成り立つんだろうか」「面白いものができるんだろうか」と思って。今回は6名のボカロPさんに楽曲制作をお願いしたんですけど、それぞれ違ったタイプの楽曲をつくっていただきたい、ということを考えてお声がけしています。「曲ごとに色んな表情が楽しめて、受ける印象も変えることができる」ということをまずは伝えたい、と思っていました。
――なるほど。
のう:私主導の企画ではあるんですけど、普段の制作通りボカロPさんの曲と音に歩み寄っていく、という側面も多かったと思います。とはいえ、キャラクターとしてひとつの共通するテーマはほしいと思ったので、まずは「架空の生物である」という大きなくくりを用意して、その中である程度差別化できるようにとキャラクターを考えていきました。ギターが激しい曲ならこんなキャラクターがいいだろうな、電子音が乗るEDM調ならこういうものがいいだろうなと、それぞれのイメージに沿ってイラストを描き分けて、そのイラストに合う楽曲を制作していただけそうな、なおかつ私が好きな作曲家さんにお声がけをしました。