花譜が辿る“非”予定調和な物語とダンスミュージックの関連性 MONDO GROSSOやケンモチヒデフミらとの「組曲」を考える
クリエイティブレーベル〈KAMITSUBAKI STUDIO〉の第一弾アーティストにして不世出の才能を持つバーチャルシンガー・花譜。彼女はこれまでに様々な音楽ジャンルの楽曲を歌いこなし、複層的な表現活動でもって我々をめくるめくサウンドスケープへと誘ってきた。そこには途方もなく広がる物語があり、それはついに日本武道館にまで繋がった。同レーベルで統括プロデューサーを務めるPIEDPIPERは、この「物語ること」について度々インタビューなどで言及している。
2021年10月に始動した花譜の10大プロジェクトのひとつ「組曲」は、そういったストーリーを語る上でも非常に重要だ。リアルアーティストやコンポーザーを迎えて楽曲を制作する同プロジェクトでは、今日までに13曲生まれている。その中で重要なインスピレーション源となっているのが、ダンスミュージックだ。
これまでに、LAの気鋭レーベル〈Brainfeeder〉と契約した長谷川白紙、エレクトロ~フューチャー・ファンクを主戦場とするORESAMA、そして直近第13弾の「しゅげーハイ !!!」を手掛けたケンモチヒデフミ。
「しゅげーハイ !!!」では明確にドリル(ヒップホップのサブジャンル)がモチーフになっていた。花譜のウィスパーなボーカルは重いベースラインにも負けず、ラップパートではクリアな発語でヴァースを蹴ってゆく。この線の細さと低音に負けない力強さの両立は、ダンスミュージックにおいても大きなアドバンテージになる。たとえばLondon Grammarのハンナ・リードやLittle Dragonのユキミ・ナガノを考えると、そのユニークさが認識できよう。花譜の対応力の高さは今や周知の通りだが、ダンスミュージックのディーヴァの系譜に置くこともできる気がする。
そして9月6日、日本が誇るDJ/プロデューサーの大沢伸一のソロプロジェクト“MONDO GROSSO”が「組曲」に名を連ねた。MONDO GROSSOは、過去作では満島ひかり(「ラビリンス」)、齋藤飛鳥(「惑星タントラ」)、アイナ・ジ・エンド(「偽りのシンパシー」)など、豪華なゲストボーカルを招いた話題作を発表してきた。今作のタイトルは「わたしの声」。これまでにあらゆる音楽ジャンルを手掛けてきた同氏は、今作でフィジェットハウス的なテクスチャーを選んだ。ケンモチヒデフミに引き続き、明らかにダンスミュージック方面にリファレンスがある。
けれども、花譜のディスコグラフィーを眺めると、「組曲」に限らず様々なところでダンスミュージックは存在感を放っていた。本稿では、そんな彼女の足跡を辿りつつ、いかにして“踊る音楽”と向き合ってきたのかを探る。そこから見えてくるのは、日本のインターネット音楽とオリジナリティと、国産ダンスミュージックの特異性。
2019年にリリースされたアルバム『観測』と、2020年の『魔法』には、それぞれリミックスアルバム(『観測γ』/『魔法γ』)が制作されている。“リミックス”というアイデアはそもそもダンスミュージックやクラブカルチャーに端を発するものだ。キング・タビーが発明し、ディスコによって広く流通していったと言われている。テクノやハウスの文脈においては、リミックスは今日においても重要な表現形態だ。
ひるがえって、『観測γ』と『魔法γ』の内容に着目する。「過去を喰らう(ツミキRemix)」や「花女(wotaku Remix)」は、ロックサウンドを指向している。「不可解(Misumi Remix)」や「メルの黄昏(雄之助 Remix)などにはトラップやフューチャーベースのテクスチャーが確認できるが、リミックス盤を俯瞰するとダンスミュージックは全体を構成する“ひとつの要素”でしかない。
ここにインターネット以降の世代が辿ってきた作家たちのダンスミュージック観が垣間見える。ボカロ黎明期の主戦場であるニコニコ動画にはあまたの名曲がばっこしていたが、そのすぐ近くにカーソルを持っていくとMOONBUGによる「capsule x Beastie Boys x Daft Punkマッシュアップ」にアクセスできた。さらにはトランスやテクノのミックスも、間欠的に発見できる。そのすべてが日本語のコミュニケーションで完結するので、ヨーロッパやアメリカが辿ってきた文脈とは別のコンテクストが出来上がる。ニコニコ動画のタグを辿るにしても、具体的な指標がアーティスト名と曲名ぐらいしかないので音楽の内容で辿るのが難しかったのだ。
この不確かで羅針盤のない世界観は、まさしく花譜が辿ってきた(あるいは辿っている)“非”予定調和な物語に通ずるものがある。