ケンドリック・ラマーは『SUMMER SONIC 2023』で何を見せ、聴かせたのか ヒップホップの先頭で探求するラップの美学

ケンドリック・ラマー、サマソニで見せたもの

 『SUMMER SONIC 2023』でケンドリック・ラマーが何を見せ、聴かせたのか。

 ケンドリック・ラマーの『The Big Steppers Tour』を、通常のヒップホップコンサート、いや、一般的なライブと同列で考えるとかなり面食らう。

 バンドを隠したミニマムなステージセットとダンサーたちによるパフォーマンス、立ち位置やライティングまで完ぺきに計算した構成。彼の音楽になじみがない人が観たら、パフォーミングアートと見紛うかもしれない。だが、すべてはケンドリックのラップ、リリックの意味により焦点を当てて引き込むため。派手な演出に酔いしれて、声を上げてすっきりするのではなく、それまで聴き込んできた曲を改めて立体的に理解する体験なのだ。

 本稿は、8月20日、『SUMMER SONIC 2023』のMARINE STAGEでヘッドライナーを務めた彼のライブレポートだ。結論から書くと、茹だるような暑さが少し和らぎ、海からの風が心地よかったこの夜、ラップの天才が見せたのは、『The Big Steppers Tour』の要素を取り入れつつキャリア全体をふり返るパフォーマンスだった。1年以上前から始まり、海外のメディアがほめそやした同ツアーの延長線上にあるが、セットリストはだいぶ違った。最新作『Mr. Morale & The Big Steppers』(2022年)からの曲を大幅に減らし、その代わりにプシャ・Tとの「Nosetalgia」(2013年)や、ザ・ウィークエンドとの「Sidewalks」(2016年)を披露。5年ぶり、3度目の来日。単独公演とフェスのファン層が微妙にずれるせいか、よりわかりやすくした印象だ。

 5作目『Mr. Morale & The Big Steppers』は、自分のみならず黒人社会の恥部ともいえる過ちにまで向き合うミスター・モラールと、成り上がりを意味するビッグステッパーズの両方の状況を並べる2部で成り立った、コンセプチュアルな作品だった。昨年5月にリリースして間髪入れずに単独ツアーの日程を発表。昨年はパンデミック明けのコンサート再開を見据え、大物アーティストによるアルバムリリースが続いた。そのなかでも、ケンドリックは『The Big Steppers Tour』の構成までアルバムと連動させていたのだ。

Kendrick Lamar

 ツアーでは、ベテラン俳優 ヘレン・ミレンによるナレーションに沿って、アルバムと同じく、前半はThe Big Steppersサイド、後半はMr. Moraleサイドの曲を配し、間に代表曲を挟み込む。カーテンやライティングで、5作目のテーマであったケンドリックの内面の葛藤とそこにつながる黒人の苦しい歴史を表現していた。『Mr. Morale & The Big Steppers』自体が、ライブパフォーマンスを含めて完結するビジュアルアートだったとも言える。とはいえ、会場に足を運べない多くのファンを置いてきぼりにはせず、昨秋にはパリ公演をAmazon MusicとPrime Videoで配信。期間限定であったものの、くり返し観られてありがたかった(現在は、音楽に特化したサブチャンネルで昨年の『Glastonbury Festival』のパフォーマンスが観られる)。

 そこで予習していた人は、8月20日のステージに登場したケンドリックがひとりで「N95」をラップし始め、背格好がよく似たダンサーたちが脇に待機しているのを観て、「やっとこの日が来た」という実感が湧いたのでは。筆者は、そうだった。お揃いのコーンロウの髪型に、サングラスをかけたダンサーたちは「個」を消し、ときに黒人男性全体を、ときにケンドリック本人の葛藤を身体で表現する。白いTシャツとオーバーオールの衣装も、歴史的に肉体労働を請け負ってきた黒人の人々の「作業着」の意味が強いだろう。2作目から5作目までの曲を含むセットリストは、2ndアルバム『good kid, m.A.A.d city』(2012年)からの曲が多め。「Backseat Freestyle」「Swimming Pools (Drank)」と続き、「m.A.A.d city」のくだりで、ダンサーたちが思い思いにスケートボードに乗ったり、ぶらついたりしてコンプトンの街で遊ぶ少年たちに戻ったかのような演出を見せておもしろかった。

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