ケンドリック・ラマーは『SUMMER SONIC 2023』で何を見せ、聴かせたのか ヒップホップの先頭で探求するラップの美学
特筆すべきは、ロサンゼルスを拠点に活躍する黒人画家 ヘンリー・テイラーの巨大な複製画をバックドロップに使っていたこと。これは、この夏から始めた演出だ。黒人の家族を描いた、深い色味のカラフルな肖像画の前で、ロサンゼルス・ドジャースのキャップを被り、パープルのセットアップを着てラップするケンドリック。絵の雰囲気と彼の佇まいから、レイドバックしたロサンゼルスの空気が伝わってきた。世界屈指のラッパーであると同時に、LAの片隅で生きている生身の男性であることを強調するかのように、肩の力を抜いてひたすら言葉を紡ぐ。観客とのコール&レスポンス、踊らせ方もベテランラッパーの風格だ。
「Worldwide Steppers」では〈Like the first time I fucked a white bitch(初めて白人女と寝た時)〉の〈white bitch〉を、終盤の「Alright」では〈we hate po-po(警官なら大嫌いだし)〉の箇所をにごしたり、飛ばしたりするのは、私は好ましく思った。彼個人の実体験から出たキツい言葉がリリックにあるのは構わないが、大勢いる観客のなかで不愉快に感じる人がいるならーー観客には白人の女性がいたし、警察官の関係者もいたかもしれないーーそこは無理してラップする必要はないのだ。言葉は、武器にも凶器にもなる。口から出た途端に合唱になるケンドリック・ラマーの言葉であるなら、なおさら。
4作目『DAMN.』(2017年)からの外せない代表曲「LOYALTY.」「DNA.」、最新作からの「Rich Spirit」を挟んで「HUMBLE.」までの流れは、オーディエンスもリリックをよく覚えており、ひときわ声が大きくなった。メロウな「Count Me Out」とタイトル通りのラブソング「LOVE.」でのコーラス部分の生歌が予想以上にムードがあったのは、うれしい発見。ラスト、その「LOVE.」、〈we gon' be alright(俺たちはきっと大丈夫!)〉」でジャンプ大会になった「Alright」、そして〈he is not your savior(俺は救世主ではない)〉と言い切る「Savior」までの流れも美しかった。
「ストイック」とよく表現される、ケンドリック・ラマーのパフォーマンス。発音のクリアさ、声の強さ、緩急のつけ方、バンドの演奏の的確さ、すべてにおいて高水準。それでも、近寄りがたい空気にならないのは、“カンフー・ケニー”ことケンドリックのキャラクターのなせるわざだろう。50周年を迎えたヒップホップの先頭を走る彼は、ラップの美学の探求者であった。ステージ右袖後方に華やかな花火が上がり、2023年の『SUMMER SONIC』のMARINE STAGEの演目がすべて終わった。「ケンドリック・ラマーも花火に見入っています!」とMCのサッシャが叫ぶ。ああ、そうだろうな、彼は日本の繊細な花火を珍しがってじっと見る人だろうな、と思いながら、帰途に着いた。
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