松尾潔が2022年に注目した3曲の歌詞 ポップミュージックにおける“言葉”の重要性についても考える

 「You Go Your Way」(CHEMISTRY)、「この夜を止めてよ」(JUJU)、「Ti Amo」(EXILE)、「つよがり」(松下洸平)……作詞家としても数々の名作を残している音楽プロデューサーの松尾潔。今回リアルサウンドでは、令和四年度「第55回日本作詩大賞」を「帰郷」(歌唱:天童よしみ)で受賞した松尾に「作詞」をテーマにしたインタビューを行った。昨年話題を集めた「Habit」(SEKAI NO OWARI)、「なんでもないよ、」(マカロニえんぴつ)、「大阪ロンリネス」(田中あいみ)を取り上げつつ、魅力的、そして普遍的な歌詞とは何かについて聞いた。(森朋之)

社会性や時事性を歌詞に織り込むことで高まる歌としての強度

松尾潔(写真=©︎新潮社写真部)
松尾潔

ーー平井堅、CHEMISTRY、EXILE、JUJU、松下洸平など、数多くのアーティストの楽曲プロデュースを手がけてきた松尾さんは、作詞家としても優れた仕事を残してきました。

松尾潔(以下、松尾):じつはこの数年、歌詞だけをオーダーされることも増えてきました。以前は作曲・プロデュースと合わせてお受けすることが多かったのですが、歌謡曲・演歌など、なかなかプロデューサーとして携わる機会のないアーティストに歌詞で関わらせていただけるのは幸せなことだなと。天童よしみさんとのお仕事も、まさにそうですね。

ーー天童よしみさんの「帰郷」で、令和四年度「第55回日本作詩大賞」を受賞。天童さんに歌詞を提供することになったのは、どういう経緯だったんですか?

松尾:「帰郷」は、天童よしみさんのデビュー50周年記念プロジェクトの一つなんです。プロデューサーは、本間昭光さん。天童さん、本間さんは大阪府八尾市出身で、小学校、中学校の先輩・後輩の間柄なんだそうです。その縁もあり、50周年を記念したアルバム(『帰郷』)を本間さんが手がけることになった。演歌の枠を超えたポップス作品にするというテーマがあり、作詞家として声をかけていただいたというのが経緯です。僕以外には、一青窈さん、TAKUYAさん、若旦那さん(新羅慎二)などが歌詞を提供しています。作曲には本間さんのほか、水野良樹さん(いきものがかり)、松本俊明さんなども名前を連ねていらっしゃいますね。天童さん、本間さんの郷土愛から生まれたプロジェクトに加わらせていただいたというわけです。

ーー「帰郷」はまさに、夢を持って故郷から離れた人が、長い時間を経て、生まれ育った場所に帰る歌ですね。

松尾:ええ。歌詞のテーマは僕に一任していただいたのですが、“東京で音楽を続けている天童さんが、故郷の八尾を見る”という視座の歌にしたくて。ご存じのように望郷をテーマにした歌は古くからあります。演歌でいうと「北国の春」(千昌夫)や「帰ってこいよ」(松村和子)。歌謡曲でいえば、「木綿のハンカチーフ」(太田裕美)も広義の望郷ソングと言えるかもしれない。僕が長く親しんできたソウルミュージックでは、「夜汽車よ!ジョージアへ(Midnight Train to Georgia)」(Gladys Knight & the Pips)がよく知られています。南部のジョージアからスターになることを夢見てロサンゼルスに出て行った男が、挫折し、故郷に戻る。“それでも私は彼と一緒に生きるわ”という思いを女性の目線で描いた歌です。天童さんの「帰郷」は、数多い望郷ソングの良さを学びながら、それらとは違うものにしたいと思っていました。

ーー違うものと言うと?

松尾:すでに他でもお話ししていることではあるのですが、“現代における故郷とは何か?”ということですね。故郷の定義は時代によって変化すると思うんです。それはウクライナの現状を見ても明らかでしょう。ウクライナの人々は今、国を追われ、移動を余儀なくされている。日本でも東日本大震災の際、福島、岩手などの地域には、故郷を離れるしかなかった方々もいた。故郷というものはそれほど確かなものではないんですよね。

ーー災害や戦争によって故郷を失うことは、誰にでもあり得る。

松尾:そうですね。知っている顔がまったくいなくなってしまった場所を故郷と呼べるのだろうか? 異郷の地であっても、昔馴染みの人たちがいたほうが故郷だと感じるのではないか? と考えると、故郷とは人ありきの概念と言えるかもしれない。天童さんの「帰郷」も、そういったテーマや社会性、時事性を織り込むことで、歌としての強度を高めたかったんです。軍靴の響きが聞こえてきそうな時代においてーータモリさんの「新しい戦前」という言葉も注目されましたがーー“何かあれば故郷はなくなってしまうものかもしれない”という視点を入れないと、コンテンポラリーな歌にならないだろうなと。

ーー古き良き望郷ソングを現代的な歌へとアップデートさせた、と言えるのかもしれないですね。

松尾:はい。僕はR&Bをずっとやってきて、トレンドの先頭に立つことを是とする競争の場にいたこともありました。そこから降りたわけではないですが、最新よりも最良のものに価値があると次第に気づいてきたんですよね。天童よしみさんというポピュラリティと実力を持った方が自分の歌詞を歌ってくださるのは、まさに絶好の機会だったと思います。もちろんファンの方にも喜んでいただきたいし、「これぞ天童よしみ節」「八尾の風景が浮かんできます」「故郷っていいですね」というところでも成立させないといけない。それを縦糸だとすれば、横糸には昨今の社会的な事情を織り込みたいなと。それは何も特別なことではなく、エンターテインメントに携わっている方々は、誰もがやっていることだと思います。文芸の世界で言えば、平野啓一郎さんや中村文則さんもそう。エンタメとしての魅力づくりに重点を置かれている印象が強い伊坂幸太郎さんや奥田英朗さんだって、いくつか作品を読めば、この国の在り方に問題意識を持っていらっしゃることがわかる。映画やドラマもそうですが、それがカルチャーのすごさであり、作る側の醍醐味でもあるので。

【MV】天童よしみ / 帰郷(Short Ver.)

ーーそのスタンスは、松尾さんの“タイムリーであると同時にタイムレス”というプロデュースの指針とも重なりますね。

松尾:そういう楽曲のほうが広がるし、強度も高いことは、確信に近いものとして自分のなかにあるので。かつて自分が関わった楽曲のことを話して、「あの曲を作るときに、そんなことを考えていたんですか?」と反応されることもあるんですよ。たとえば「恋のダウンロード」(2006年/仲間由紀恵 with ダウンローズ)。リリース当時は「松尾さんって、コミックソングも作られるんですね」と言われることもありましたが(笑)、あの曲の〈誰でも秘密をひとつくらい持ってる〉という歌い出しは、当時世間を騒がせていた、建築物の構造計算書偽装問題が背景にあるんです。あの建築士の心中はどんなものだったのだろう、と。そこから着想を得た歌詞を、仲間由紀恵さんというスター、そして、右肩上がりの業界だった携帯電話のCMという圧倒的な露出度を担保にして形にしたのが、「恋のダウンロード」なんです。

ーーなるほど。今の日本のポップスでは、社会性、時事性を織り込むという意識は低いように感じます。ドラマでは、『エルピス—希望、あるいは災い—』(カンテレ・フジテレビ系/2022年放送)など社会的なメッセージを込めた作品が登場することがありますが、ポップスにはほとんど見受けられない。

松尾:圧倒的に“音”の印象の方が強いですし、ポップミュージックに求めるもの/求められるものが変わってきていますからね。今はアレンジ、トラック、音像に対するプライオリティが高い。洋楽だけではなく、邦楽にもそういう用途を求めるリスナーが増えていると思います。ただ、いささかバランスを欠いていると言いますか、言葉の軽視に拍車がかかっているのは間違いないでしょう。作詞というのは、誰でもできると思われがちなんですよ。言葉は誰でも使っているから、歌詞も書けると勘違いしてしまうんですよね。

ーー2000年代以降は、歌い手が歌詞を書くことが増えましたよね。

松尾:そうなんです。職業作詞家がご活躍されていた時代、たとえば阿久悠さん、松本隆さんの名曲を聴けば、歌詞に詳しくない方でも「さすがプロだな」と感じられるでしょう。今、そこまで唸らせる歌詞に出会うことはほとんどないし、歌詞を書く側からしても「なんだこの歌詞は」とクレームが入ることもない。アイドルグループもそうですね。以前はSMAPの「夜空ノムコウ」「世界に一つだけの花」のように音楽の教科書に載るような歌がありましたが、今はそうではないので。

松尾潔が2022年に気になった3曲の歌詞

SEKAI NO OWARI「Habit」

ーーここからは2022年に話題を集めた楽曲の中から歌詞に注目して、その魅力をお聞きしたいと思います。まずはSEKAI NO OWARIの「Habit」(作詞:Fukase/作曲:Nakajin)。歌詞とダンスが話題を集めて大ヒット。「第64回日本レコード大賞」にてレコード大賞に輝きました。

松尾:「レコード大賞」自体の是非もありますが、2022年を代表する楽曲として「Habit」が選ばれたのはうれしいニュースでしたね。今の日本のポップミュージックの弱点の一つは、白黒ハッキリした曲があまりにも多いことだと思っていて。白でも黒でもない、右でも左でもないところを漂うのが我々の日々。そこをつぶさに描いて、アベレージの高い楽曲を作り続けている方の一人が、星野源さんですよね。市井の生活者の思いに寄り添い、誰もが経験していながら、言葉にできなかったことを言い当てる素晴らしい才能だと思います。SEKAI NO OWARIのFukaseさんもまた、そこに長けているアーティスト。しかも「Habit」はメタ構造になっていて、白黒ハッキリさせたがる状況を風刺しながら、「ポップミュージックもそうなってないですか?」と批判しているようにも聞こえる。そういう冷徹な織り込みがなされている歌詞だと思います。

ーー年長者が若者に説教しているようなアングルも斬新でした。

松尾:そうですね。それと同時に、優れたレポートを読んでいるような感覚もあります。まず冒頭で〈君たちったら何でもかんでも/分類、区別、ジャンル分けしたがる〉と主題を提示する。その後、〈隠キャ陽キャ〉などの言葉を使って具体的な事例を並べ、最後は〈自分で自分を分類するなよ/壊して見せろよ そのBad Habit〉と見事に回収してみせる。この曲を聴いて「ポップミュージックは基本的に人間が生きること、人間の生の肯定」だという山下達郎さんの言葉も思い出しました。

 また、歌詞論からは離れますが、もし仮に歌詞がウケなかったとしても、サウンドメイク、コレオグラフ、映像表現などあらゆるところで火がつきそうな要素が詰め込まれていて、エンターテインメント作品として成り立つように作られているんですよね。結果的には歌詞も注目を集め、すべてが掛け算になり、ヒットにつながった。新人でも大御所でもできない実験性もあるし、僕自身、作り手としてとても励まされました。

SEKAI NO OWARI「Habit」

マカロニえんぴつ「なんでもないよ、」

ーー続いてはマカロニえんぴつの「なんでもないよ、」。ストリーミング累計再生数3億回を超え、彼らにとって最大のヒット曲になっています。

松尾:リリースは2021年11月ですが、昨年よく聴いた楽曲の一つです。ほぼすべての楽曲を書いているボーカル&ギターのはっとりさんは、ご自身も認めている通り、奥田民生さんのフォロワーであり、チルドレンと言ってもいいほどの影響を受けていると思います。人に緊張を強いることなく、人生の肝要なことを伝えるという意味で、確かに奥田民生さんの系譜を感じますし、ポップミュージックの大切な機能を久々に思い出させてくれる存在ですね。バンドとしても、人に警戒心を抱かせない印象があって。『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)でご一緒したときに、「みんな演奏が上手いのに、そう見せない、そう聴こえさせないようにしているよね」とご本人に言ったことがあるんです。スキルフル、超絶技巧を売りにしないポップロックバンドだし、はにかみ、含羞が感じられる。それは「なんでもないよ、」にも表れていると思います。

ーー相手に伝えたいことはたくさんあるのに、結局、「何でもないよ」と言ってしまうという。

松尾:言葉では伝わらないことを、言葉を尽くして表現した歌詞だと思います。君をどれだけ思っているか、自分の語彙では伝えきれないという。ただ、ほめることが目的ではなく、大切なのは“好き”という心のありようなんですよね。歌である以上、言葉にしなくちゃいけないわけで、そこにはどうしても矛盾がある。そういう構造を歌詞にするには相当な技巧が必要ですが、それを気づかせないように書いているんです。まるで一筆書きのようですが、実は技術が高い。無造作に見せることに余念がない歌詞と言っていいでしょうね。

マカロニえんぴつ「なんでもないよ、」MV

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