松尾潔が2022年に注目した3曲の歌詞 ポップミュージックにおける“言葉”の重要性についても考える

田中あいみ「大阪ロンリネス」

ーーもう1曲は、「大阪ロンリネス」。さくらちさとさんの作詞、京都在住の大学生である田中あいみさんが歌ったご当地ソングです。

松尾:もともと僕はR&Bのリミックスやアレンジから音楽制作に携わるようになりましたが、20数年のなかで、山内惠介さん、坂本冬美さん、由紀さおりさん、そして天童よしみさんなど、歌謡曲や演歌の方々とも仕事を重ねてきました。演歌については、楽曲のバリエーションが限定的で、そこが良さでもあり、弱みでもあると思うのですが、そのなかでも「これは秀逸だな」という楽曲に出会うことがあります。「大阪ロンリネス」は、まさにそういう曲の一つですね。さくらちさとさんの歌詞、田中あいみさんのパンチの効いた歌がとにかく素晴らしい。さくらさんとは「日本作詩大賞」の授賞式で初めてお会いしましたが、じつは先日も、「大阪ロンリネス」の歌詞についてお聞きしたんです。彼女は大阪出身ではないですが、大阪の街への憧れがあるそうなんです。きっかけは宮本輝さんの小説『道頓堀川』。「俺はなァ、偉うなろうとして頑張ってる若い奴を見てるのんが好きや。まあ何が偉いのんかは別として、大望を抱いている奴が好きなんや」というセリフに感じ入るところがあったようですね。それが「大阪ロンリネス」にもつながっているのですが、ここからはご本人から送っていただいた文面を紹介しますね。

 「大きい小さいや、現実的か否か、そんなことは別にして、夢を抱いてもがきながら生きている人、そしてそれを見守る人、応援する人……そんな人の熱さ、あたたかさ、寂しさ、哀しさ、喜び。ありとあらゆる『人の心』がパワーになって大阪という街を作っているように感じるのです」「この街を舞台に、哀しいけれど、強い女性の心情を描きたかった。書き手の足りない部分は、今回素晴らしいシンガー田中あいみさんが、補う以上に表現してくれました」。最後の一文はご謙遜で、あえて100まで描かず、余韻を残したということだと思いますけどね。

ーー示唆に富んだメッセージですね。

松尾:そう、今のお話のなかに重要な要素がいくつか含まれていて。これは「Habit」とも重なることですが、いろいろな感情があって、溶け合うことなく、そのままの形で存在している状態を描いているんですね。それこそが、さくらさんが大阪という街に惹かれた理由でもあると思うし、「事はそうシンプルではない」という今の時代の在り方にもつながっていると思います。さきほど話に出たドラマ『エルピス』の最終話で、「本当に正しいことなんてない。代わりに夢を見ることにしよう」という趣旨のセリフがありましたよね。いろいろな意見、解釈があると思いますが、あのドラマが今の時代を鋭く抉った、突出した作品であることは異論の余地はないでしょう。それは「大阪ロンリネス」の“いろんなことがあるけど、夢を見て生きよう”という思いとも深いところで重なっているのではないでしょうか。

田中あいみ「大阪ロンリネス」MUSIC VIDEO

ーーなるほど。今の世の中は、物事の複雑さをそのまま受け止められず、わかりやすい言葉で簡素化してしまう傾向もあるのでは?

松尾:簡素化とも言えるし、矮小化とも言えるでしょうね。コンパクトにまとめてフォルダに入れることを安易にすべきではないと僕も思います。それは他責化とニアリーイコールになり、“いち抜けた”になる瞬間でもあるので。

ーー当事者意識が希薄になるというか。

松尾:そうですね。少し話が外れますが、2022年の『M-1グランプリ』でウエストランドが優勝しましたよね。懐かしささえある毒舌漫才で勝ったわけですが、それ以上に「自分の人生なんですけど、初めて主役になれた気がしました」というコメントが印象的で。ずっと「自分はサブキャラ」という思いを抱えた男が、感情をぶちまけるような漫才で主役になった。それは見事な回収だったし、漫才の道を夢見ている人たちはきっと鼓舞されたと思います。しかしそれはかつて、音楽の役割だったんですよ。マイクの前に立って4〜5分くらいで人に何かを伝えるというスタイルは、奇しくもポップソングと同じですからね。

ーーリスナーの人生を肯定し、未来に向けて進めるような楽曲がもっともっと必要ですね。

松尾:今回挙げさせてもらった3曲は、そういう力がある曲ばかりだと思います。音楽、ポップミュージックの底力を感じましたし、自分よりも下の世代のミュージシャンに「不甲斐ないなんて言うのはやめてくれ」と言われている気もして。表現はそれぞれ違いますが、プロの設計図だと感心したし、完成度も高く、僕自身も刺激を受けましたよ。音楽、まだまだ捨てたもんじゃないなと思っています。

■松尾潔
1968(昭和43)年、福岡市生れ。早稲田大学卒業。音楽プロデューサー、作詞家、作
曲家。SPEED、MISIA、宇多田ヒカルのデビューにブレーンとして参加。
その後、平井堅、CHEMISTRY、東方神起、三代目 J SOUL BROTHERS、JUJU
等をプロデュースし成功に導く。これまで提供した楽曲の累計セールス枚数は
3000万枚を超す。日本レコード大賞「大賞」(EXILE「Ti Amo」)、日本作詩
大賞「大賞」(天童よしみ「帰郷」)など受賞歴多数。
2021年、初の書き下ろし長編小説『永遠の仮眠』を上梓した。

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