Sano ibuki、再会の喜びが溢れた3年ぶりのワンマンライブ 殻を破った“ポップスター”としての新たな片鱗も

Sano ibuki、3年ぶりワンマンレポ

 最後の曲「梟」を歌いながらステージを歩くSanoは、観客を見ながら嬉しそうに笑っている。いつもは常に観客の方を見て歌っているが、この曲では、バンドメンバー一人ひとりと順に目を合わせ、笑い合う一幕も。今感じている幸せや楽しさ、充実感を噛み締めている様子だった。

 〈どこかでまた会おうぜ また会えるって信じてるよ〉という歌詞にない言葉を観客に贈ったラストも含め、久々に再会できた喜びと嬉しさが真ん中にあるライブだったが、最後に、ライブ中盤で見られた新たなアプローチについて触れておきたい。この3年の間にフルアルバム『BREATH』とミニアルバム『ZERO』をリリースしたSano。その2作の制作を経てライブ表現の幅も広がったように感じたが、特に驚かされたのは、バンドのジャズセッションから始まったセクションだ。セッション中に姿を消していたSanoは、なんとステージ横の階段の上から再登場。「楽しそうだね、俺も混ぜてよ!」と始まった「ジャイアントキリング」は、笑い声を含ませたような挑発的なボーカルも、椅子の上にしゃがんだり、へりに足をかけたりといった立ち振る舞いも、シャウトした直後にその場に倒れるエンディングも新鮮だった。観客に「跳べる?」と尋ねながら自分もジャンプしたり、バンドの演奏に誘われてステップを踏んだりしながら歌った「革命的閃光弾」は、いつになくロックな歌唱。メロディが細かく動く「アビス」でもばっちり音程を当てているし、腹からしっかり声が出ている。覚醒状態に入っているようだ。

 アコースティックギターを弾きながら一人で歌うこともできるし、サポートメンバーとともに音を鳴らせばギターロックバンドになることもできる。このスタイルがSano ibukiの基本形だったように思うが、ある種ミュージカル的だった「ジャイアントキリング」~「アビス」でのパフォーマンスはそのどちらでもなかった。今回のライブを観て思い出したのは、1年半前のインタビューで「ポップスターといえば?」という質問に「ポップスターといえばマイケル・ジャクソン」と答えていたこと(※1)。当時は「正直自分にはあまり向いてないと思うんですけど(笑)、まったく興味がないわけでもない」という気持ちだったそうだが、そこから変化があったのだろうか。ポップスターとして、よりコンセプチュアルなパフォーマンスに挑戦している時のSanoは、水を得た魚のようだった。新たな武器を手に入れたのかもしれないと期待が高まる。

※1 https://natalie.mu/music/pp/sanoibuki02

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