Sano ibukiはなぜ“君と僕”の存在を強く肯定するのか? 私小説を綴るように露わになった“生と死を見つめる眼差し”

Sano ibuki、互いの存在を肯定する理由

 Sano ibukiが2ndフルアルバム『BREATH』をリリースした。

 自分自身のことを直接的に歌うのではなく、曲ごとに異なる主人公を設定し、物語を紡ぐように曲を書いてきたSano ibuki。メジャーデビュー作にあたる1stフルアルバム『STORY TELLER』(2019年11月)は、架空の物語を作るところから始め、それらの主題歌を作るようにして完成させた。そして1st EP『SYMBOL』(2020年5月)は、『STORY TELLER』のスピンオフ作品という位置付けだった。

 一方、今回の『BREATH』は私小説的な作品となっている。例えば、1曲目の「Genius」。〈‘cause we’re genius/僕は君を見つける天才さ/忘れないで、君も僕を見つけた天才さ〉というラインがおちゃめな、ドラマ『ソロ活女子のススメ』(テレビ東京系)OPテーマだが、これはもともと親友に向けて書いた曲なのだという。また、5曲目の「lavender」は、大切な友人との別れに際して、故郷・岐阜に帰った際に一気に仕上げた曲とのこと。温かみのある曲調に対して、割り切れない想いを綴った歌詞の筆圧が強いのはそのためだ。

Sano ibuki「BREATH」Trailer

 シンセを大胆に取り入れたサウンドが新鮮な「Genius」、新境地かつ真骨頂的な手応えの「lavender」と、この2曲はサウンドのインパクトも強い。このように、Sano自身の実体験を元にし、かつ、“一度物語に変換する”という工程を挟まずに作った曲が存在感を放っているのがアルバムの一つの特徴である。また、2年前にレコーディングで苦戦した曲をアルバム用に新たにミックスし(「スピリット(BREATH ver.)」)、インディーズ時代からある曲をほとんど書き直しせずに収録する(「マルボロ」)といったエピソードも、ある意味私小説的と言えるし、『SYMBOL』の「origin」や「Sága」のように、空想世界の情景を伝えるインストトラックが今回は収録されていないのも象徴的だ。

Sano ibuki『Genius』Official Music Video

 『SYMBOL』リリース時に「『STORY TELLER』と『SYMBOL』でこの物語はやり切ったという手応えがあるし、次はまた違った自分を描くことにチャレンジしたいと思っていて」(※1)と語っていたSano。だからこそ、“物語主義”的な姿勢を一旦脇に置き、曲の作り方自体を抜本的に変えることで、ソングライターとしての新たな可能性を追求しようと考えたのだろう。それに伴い、既発曲の聴こえ方も変化。『STORY TELLER』の作者を主人公とした「emerald city(BREATH ver.)」がSano自身のことを歌っているようにも感じられるのは、これまでになくパーソナルなアルバムだからだろうし、その直後に〈忘れられないよ/もしもが叶う世界でも/あなたの読みかけの人生の/栞になれたことを〉と歌う「紙飛行機」が配置されているのもいい。

 個人的には、指切りを〈小さな指の熱と熱を重ねた〉と表現し(「pinky swear」)、〈またねの約束ももしもの夢もいらない/鍵の変わった扉が開くなら〉というラインで2人の微妙な距離感を想像させるセンス(「あのね」)に唸らせられた。曲の舞台が日常に寄ったものの、Sano特有の詩的な表現は健在。それはなぜかというと、Sanoがこれまで描いてきた“物語”とは、夢見がちで、現実を生きる私たちとは無関係のものではなく、むしろ、特別な力を持っていない人によるありふれた日々の営みだったからだ。過去には、「僕の書く物語って、そもそも赤レンジャーが出てこないですよね。でも、強くはないからこそ周囲のものに感謝できるし、いろんなものとの出会いを大事にできる主人公たちだと思うんです」(※2)と語っていたが、〈1着にはなれなかった/2着の僕ら笑っていた〉と歌う「Genius」からは変わらない哲学が読み取れる。

Sano ibuki『pinky swear』Official Music Video
Sano ibuki『あのね』Official Music Video

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