クリープハイプ、“らしさ”と“新機軸”を昇華した音楽 最新ツアーに表れたロックバンドとしての意志
その分、「栞」「オレンジ」「左耳」「手と手」など、これまでのライブを彩ってきた代表曲たちも、新鮮な心持ちで聴くことができた。今のポップミュージックシーンにおいて、ロックバンドがどのように音を鳴らすかは大きな課題だとよく言われるが、裏を返せば音源でミニマルさを追求し、こうしてライブでダイナミックに爆音を響かせることができるのはロックバンドの専売特許だ。縦横無尽にステージ上を動く小川のリードギター、力強く切り込む尾崎のバッキングギターを聴きながら、クリープハイプは重要な武器を自覚的に手にしたのだと実感した。
思えば、そうした二面性は、あらゆる意味でクリープハイプが内包し続けてきたものだ。誰かを好きになったり嫌いになったりしながら、ギクシャクした感情そのものを歌い続けてきたわけだし、〈言葉とは遊びだって言ってるじゃん〉(「しょうもな」)とは言いながらも、言葉で届けることと徹底的に向き合っているのが尾崎世界観である。そうやって皮肉やもがきが音楽の中で物語になっていくことで、クリープハイプは多くのリスナーを虜にしてきた。
その点では、再び照明を落として尾崎がハンドマイクを持ち、静かに歌い上げられた「ナイトオンザプラネット」は特に印象深かった。この瞬間を焼き付けておきたいけれど、物事が最高なままでいられるはずがなく、絶えず時間は進んでいく。それでも〈何かを引きずって それも忘れて/だけどまだ苦くて すごく苦くて/結局こうやって何か待ってる〉というのは、これからも生きていかなければいけないし、やっぱり生きていきたいんだという尾崎なりの願いでもあるだろう。ヒップホップやR&Bをクリープハイプの演奏として落とし込んでいく、そのオリジナルな塩梅も聴いていて非常に心地良い。
どっちつかずな別れと未練を優しく歌った「ex ダーリン」(ツアータイトルは同曲の歌詞に由来する)に続き、ラストを飾ったのは「風にふかれて」。インディーズ時代の1stアルバム『踊り場から愛を込めて』に収録された曲だ。この日のライブでは、『夜にしがみついて、朝で溶かして』の最後の曲「こんなに悲しいのに腹が鳴る」は披露されなかったが、ライブの場で同じ役割を果たしていたのが「風にふかれて」だったように思う。どちらも「死にたい」の先にある「生きたい」を歌った曲であり、ライブという対面の場だからこそ、あえて叫ぶように歌う「風にふかれて」を選んだのではないか。隅っこの生きづらさややるせなさを歌うことで、心のど真ん中を射抜くメッセージを紡ぎ続けてきたクリープハイプ。本ツアーは、これからも彼らがそうあり続けたいという意志そのものだ。
コロナ禍を経て「クリープハイプというバンドにチャンスが巡ってきたなという手応えがありました」とインタビューで話していたように(※1)、そしてMCで尾崎の口から「バンドが楽しい」と語られたように、逆境の中でこそ真骨頂を発揮するのがクリープハイプである。“らしさ”も“新機軸”も妥協なくステージで出し切ったことは、ロックバンドとして自分たちにしかできない役割を引き受けながら進んでいこうという、想いの表れなのかもしれない。新たな可能性に満ちた4人の未来に、大いに期待したい。
※1 『MUSICA』2021年11月号