村井邦彦、新曲録音プロジェクト始動 小説『モンパルナス1934~キャンティ前史~』番外編

村井邦彦、新曲録音プロジェクト始動

 村井邦彦と吉田俊宏による小説『モンパルナス1934~キャンティ前史~』のテーマ曲「MONTPARNASSE 1934」のレコーディング費用を募るクラウドファンディングが、本日5月27日より「うぶごえ」にてスタートした。「MONTPARNASSE 1934」は村井邦彦が書き下ろした新曲で、スティーブ・ガッド・バンド、クリスチャン・ジャコブ、ブダペスト・スコアリング交響楽団という超一流ミュージシャンの編曲、演奏による録音を進めている。リアルサウンドでは本プロジェクトの始動を記念して、これまで作中に登場した楽曲を紹介する番外編「サウンドトラック・オブ・モンパルナス1934」を掲載する。(編集部)

うぶごえ「村井邦彦、新曲録音プロジェクト」
「モンパルナス1934~キャンティ前史~」特集ページ

サウンドトラック・オブ・モンパルナス1934

 小説『モンパルナス1934~キャンティ前史~』には、1930年代のパリの街並みや風俗、料理、建築、美術、当時の政治情勢などが詳しく描かれている。特に目を引くのが音楽だ。作者の村井邦彦と吉田俊宏が、作中に登場させた楽曲から10曲を選び、エピソード10までのストーリーを振り返る。いわば「サウンドトラック・オブ・モンパルナス1934」だ。

吉田:当初、この小説は若き日の川添浩史さん(1913~70、本名は紫郎、1960年にキャンティ創業)がパリに到着する1934年9月から始める予定でしたが、村井さんのアイデアでプロローグを作りましたね。時代は浩史さんが亡くなった後の1971年1月。場所は南仏のカンヌで、村井さん自身が登場します。

村井:それがエピソード1。夫の浩史さんを亡くして悲嘆に暮れていたタンタン(川添梶子、1928~74)を僕がカンヌの音楽見本市に連れていった。大筋は実話です。

吉田:梶子さんが「アルビノーニのアダージョ」を口ずさむシーンを入れました。

村井:実際、タンタンが大好きな曲でした。普段は低めの声で話すのに、こういう曲を口ずさむ時は少女のような高い声になる。それが可愛らしくてね。

吉田:清らかな曲ですよね。

HAUSER – Adagio (Albinoni)

村井:タンタンはプロコル・ハルムの「青い影」も好きでした。「アルビノーニのアダージョ」とどこか似ているでしょう?

吉田:そうですね。松任谷由実さん(ユーミン)も「青い影」に衝撃を受け、プロコル・ハルムにずっと憧れていたと公言しています。

村井:タンタンとユーミンはすごく気が合っていた。音楽の好みが似ていたせいかもしれませんね。ところで、この曲は「アルビノーニの…」というタイトルだけど、本当はアルビノーニが作曲した曲ではなかったんですよね。

吉田:はい、そこは調べました。イタリアのアルビノーニ(1671~1751)は「四季」で有名なヴィヴァルディと並ぶ後期バロック器楽曲の作曲家です。この「アダージョ ト短調」は第2次世界大戦中に破壊されたドレスデン(旧東独、現ドイツ)の図書館から発見された断片に基づいて、レモ・ジャゾット(1910~98)というイタリアの音楽学者が編曲した…ということになっていました。手元の「クラシック音楽作品名辞典」(三省堂、1982年)にはそう書いてあります。

村井:うん。ところが実はそのジャゾットが自分で作ったオリジナルだったんだよね。

吉田:はい。そういう真相が後に明かされたらしいですね。音楽学者としては、自分が研究対象にしている古い時代の作曲家を世間一般に広めたかったのかもしれません。エピソード1には、村井さんの代表曲「翼をください」も登場させました。

村井:赤い鳥のシングル発売日が1971年2月5日ですから、エピソード1の時点(1月末)でタンタンや同行者の花田美奈子さんが「翼をください」を聴いていたかといえば、恐らく、まだ知らなかったんじゃないかな。そのあたりの事実関係は多少あやふやですけど。

吉田:それで村井さんがカンヌに持参していたドーナツ盤をカンヌのレストランのプレーヤーでかけてもらって、そこで初めて梶子さんや花田さんが「翼をください」を聴くという設定にしました。このあたりは創作です。

村井:そうでした。フィクションとノンフィクションをないまぜにして、事実関係の辻褄を合わせたわけですね。創作がまじっているんだけど、むしろそれでリアリティーが増している…という書き方が多いんですよね、この小説は。ヒストリカル・フィクションというのかな。

吉田:はい。どこまでが史実なのかと尋ねられることもありますが、明確な線引きは難しい。

村井:東京2020オリンピック開会式で「翼をください」が流れ、無数の紙の鳩が上空を舞いましたね。僕はロサンゼルスの自宅でテレビ中継を見ながら「この曲を書いてから50年たつんだな。山上路夫(作詞者)さんも見ているかしら」と思っていました。感無量でした。

吉田:スーザン・ボイルの英語バージョンが流れましたね。「翼をください」は「アルビノーニのアダージョ」に通じる清らかさを感じます。

Susan Boyle – Wings to Fly

村井:「聞かせてよ愛の言葉を」が出てくるのは、次のエピソード2でしたね。

吉田:はい。川添紫郎(浩史)青年が長い船旅を経てカンヌ駅に到着した時、リュシエンヌ・ボワイエ(1901~83、シャンソン歌手)の歌でヒットしたこの曲が聴こえてくる。紫郎はフランスに向かう船で一緒になった富士子という背の高い女性に恋をします。富士子はこの小説のために創作した架空の人物で、特にモデルがいるわけではないのですが、どこかリュシエンヌに似ている女性という設定にしました。そういえば紫郎がパリの日本大使館を訪ね、参事官の娘と話しているうちに富士子らしき女性が話題に上るというシーンもありました。エピソード7です。

村井:そうでした。そこで偶然、ラジオからリュシエンヌ・ボワイエの歌が流れてくる。古き良き時代のフランスを感じさせる名曲ですね。僕はネットで見つけたジョシュ・ターナーというアメリカの若い歌手の弾き語りが気に入っているんです。

吉田:セーヌ川のほとりで歌っている動画ですね。

Parlez Moi D’Amour

村井:そう、まるで辻音楽師のように。川の向こうは紫郎と鮫島一郎がファシストたちと大立ち回りを演じる舞台になった造幣局あたりです。

吉田:エピソード6「ポン・ヌフの大天使」のクライマックスですね。鮫島も富士子と同じように架空の人物ですが、回を追うごとに作者の私たちもこの男に愛着がわいてきました。

村井:そうですね。エピソード3には「オン・ザ・サニーサイド・オブ・ザ・ストリート」が出てきました。

吉田:カンヌ駅に着いた紫郎がマルセルの案内で伊庭家に行くシーンです。見知らぬ男が路上でクラリネットを吹いている。紫郎はその曲を知らなかったけれど、マルセルが教えてくれるんです。

村井:僕にとっても思い出深い曲なんですよ。親友の磯部力(法学者)の兄、克さんから最初に教えてもらったジャズがこの曲でした。懐かしいなあ。

吉田:2022年春まで放送されたNHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」でも、この曲が重要な役割を果たしていました。劇中で歌った世良公則さんの歌唱も評判になりました。

村井:ネットで見つけたストリートバンドの演奏もいい感じですよ。場所はスペインのバルセロナ。トランペットの若い女性が上手ですね。今やジャズはアメリカよりヨーロッパや日本で人気が高いという印象があります。

ON THE SUNNY SIDE OF THE STREET – Bar Colombia, Sant Andreu, Joan Chamorro, Andrea Motis, Sept. 2019

吉田:エピソード4にカンヌのカールトンホテルで開かれるダンスパーティーの場面を書きましたね。紫郎とマルセルが格闘技のようなダンスを披露する。曲名こそ出しませんでしたが、ビッグバンドが演奏しているスイングジャズは「シング・シング・シング」のイメージでした。

村井:そうですね。「シング・シング・シング」はベニー・グッドマン楽団の名盤「ライヴ・アット・カーネギーホール1938」に入っていました。僕はこのレコードを中学生のころに聴いて、すっかりジャズに魅せられてしまったのです。

吉田:1938年1月16日、クラシックの殿堂カーネギーホールで開かれた史上初のジャズコンサートですね。「シング・シング・シング」はライブ盤の中でも中心的な曲です。

村井:躍動感が素晴らしい。踊りたくなってしまいます。

Louis Prima – Sing,Sing,Sing (With a Swing)

吉田:同じエピソード4に、紫郎がモンテカルロでバレエ・リュスの舞台を見るシーンも出てきます。演目は「春の祭典」(ストラヴィンスキー作曲)。

村井:僕は2013年の夏にパリのコンサートホール「サル・プレイエル」でサイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏を聴いているんです。ストラヴィンスキーの作曲の素晴らしさ、ベルリン・フィルの演奏の正確さに改めて驚かされました。ちょうど「春の祭典」の初演(1913年、バレエ・リュス、シャンゼリゼ劇場)から100年に当たる年でした。いい思い出です。

Stravinsky: Le Sacre du printemps / Rattle · Berliner Philharmoniker

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