野宮真貴、幅広い世代とつながる意欲的な表現へ 振り返りではなく“始まり”として迎えた40周年を語る
ソロ、ポータブル・ロック、ピチカート・ファイヴ、そして再びソロへ。40年のキャリアの中で、その時代の流れに乗ってクールかつマイペースに活動を続けてきた野宮真貴。オルタナティブなシーンに寄り添いながらも、常にキャッチーなポップアイコンであり続けているという稀有な存在だ。
そんな彼女がデビュー40周年の節目に、ニューアルバム『New Beautiful』を発表した。鈴木慶一、ポータブル・ロック、高浪慶太郎(元ピチカート・ファイヴ)といった過去のキーパーソンを始め、横山剣からGLIM SPANKYまで幅広い人脈が新曲を提供。さらには、Night Tempo、Phum Viphurit(プム・ヴィプリット)、Rainych(レイニッチ)&evening cinemaといったアジアの音楽家たちと“World Tour Mix”と題してコラボレートしたセルフカバーまで収録されている。この40年を総括しつつも、新しいトライが盛り込まれ、未来を見据えた作品に仕上がったといえるだろう。
野宮真貴はなぜこのような作品を作り上げたのか、そしてこの後はどこに向かうのかを語ってもらった。(栗本斉)
40年を経たからこそ生まれた「最新型の野宮真貴」
ーーデビュー40周年とは驚きです。
野宮真貴(以下、野宮):本当にびっくりですね(笑)。
ーーここ10年くらいの間は“渋谷系”スタンダード化計画というコンセプトで、リリースやライブも精力的に行っていらっしゃいますが、新作『New Beautiful』はどういう流れで始まったのですか。
野宮:よくライブで「60歳まで歌う」って宣言していたんですが、2年前に還暦ライブをやってみたらまだまだ歌えそうだなって。それで、40年前にソロデビューした<ビクターエンタテインメント>に「40周年なのでアルバム出したいんですけど」と相談したところから始まりました。
ーーここ最近の作品とはまた違って、かなり新鮮な印象がありました。
野宮:ここしばらくは90年代の渋谷系の楽曲を歌い継ぐ企画がメインだったので、久しぶりにオリジナル曲を歌いたいなって思ったんです。それで、この40年間に関わっていただいた方に、「曲を書いてください」ってお願いしました。改めて40周年を迎えた今の私に向けて書いていただいたので、40年を振り返るというよりは、40年という時を経たからこそ生まれた「最新型の野宮真貴」なんです。
ーーたしかに、冒頭にはピチカート・ファイヴ時代のセルフカバーが3曲収められていますが、海外のミュージシャンとのコラボレーションというこれまでにないスタイルですね。
野宮:これはスタッフからのアイデアでもあったのですが、音楽の聴かれ方もずいぶん変わってきたし、海外の方も含めて、これまでのファンだけでなくて若い世代にも楽曲の良さを再発見してもらいたいという気持ちがありました。それで、“World Tour Mix”という企画で、SNS界でも話題の海外のクリエイターの方に料理してもらったんです。
ーー韓国のNight Tempo、タイのPhum Viphurit、インドネシアのRainychと日本のevening cinema、ユニークな人選になりましたが、彼らにはどういうリクエストをしたのですか。
野宮:基本的にはお任せですね。こういう企画では私は一歩引いて、みんながやってくれているのを俯瞰しているくらいのスタンスがかっこいいんじゃないかなって(笑)。
ーーNight Tempoとの組み合わせによる「東京は夜の七時 (feat. Night Tempo)」は新鮮でした。
野宮:人選している中で「Night Tempoさん面白いよね」と言っていたら、絶妙なタイミングで彼のオリジナルアルバムのゲストボーカルとしてオファーをいただいたんですよ。しかも、私のことをピチカート・ファイヴで知ったのかなと思いきや、そうじゃなくて「40年前のデビューシングルを持っている」って言うからびっくりして。そんな縁があって今回の新作にも参加していただきました。
ーー想像していたものとは違ってかなりクールな印象でした。
野宮:そうそう、90年代のハウスっぽい感じもあって、懐かしいけど新しいって感覚です。聴けば聴くほどじわじわハマっていきますね。
若い世代から“おないどし”まで様々なコラボ
ーーPhum Viphuritとの「陽の当たる大通り (feat. Phum Viphurit)」もユニークですね。
野宮:実は彼のことは全然知らなかったんですけど、息子からは「すごい! よく聴いているよ」って。どこかリゾート感があるというか、街中ではなくって海沿いの大通りのような雰囲気になりました。
ーーRainychとのデュエット「スウィート・ソウル・レヴュー (duet with Rainych, feat. evening cinema)」は、声の対比が面白かったです。
野宮:彼女は日本語の発音も完璧だし、声もかわいくて気に入っています。evening cinemaがアレンジをしてくれたんですが、すごくリスペクトのあるアレンジで、ピチカート・ファイヴの小西康陽さんのようにいろんな元ネタが仕込まれているんです。そのネタはあまり教えてもらえなかったけれど(笑)。そういった意味でも渋谷系を踏襲した一曲かもしれないですね。
ーーアルバムの4曲目からは、野宮さんがこれまでにお付き合いのあった方々による書き下ろし曲が続きます。「CANDY MOON」をGLIM SPANKYがプロデュースしているのが意外でした。
野宮:松尾レミさんのご両親がちょうど渋谷系世代らしく、私のファンでいてくれたみたいなんです。それで一度対談を申し込まれてお会いしてから意気投合して、バレンタインライブで共演しました。でもレコーディングでご一緒するのは初めてです。
ーー曲自体がかわいらしい感じなんですが、歌詞に様々なキーワードがたくさん入っていて、すごく野宮さんらしいなと思いました。
野宮:〈真っ赤なネイル〉とかね。あと、カフェじゃなくて喫茶店なんですよ(笑)。レミさんの中で目指している世界観がしっかりと出来上がっていたから、難しいディスカッションをすることもなくほとんどお任せでしたね。まったくぶれることなくてきぱきとレコーディングが進みました。
ーー次の「おないどし」はクレイジーケンバンドの横山剣さんとのデュエットですが、この組み合わせはおなじみですね。
野宮:もう20年以上のお付き合いです。タイトルの通り、実際に同い年で、しかもデビューも同じ1981年なんです。ずいぶん前から「おないどし」というタイトルでデュエットソングを書いてくださいってお願いしていたのですが、やっと実現しました。
ーーこれも歌詞がユニークで、ひとことひとことにニヤッとしてしまいますね。
野宮:ある日突然好きだったことに気付くっていう歌だと思っていたのですが、そうではなくて、なかなか一線を越えられない男女の友達関係の歌なんです。
ーー〈これは恋ではない〉というフレーズはピチカート・ファイヴの名曲の引用ですね。
野宮:事前に歌詞を送ってもらったときに、恋愛って始まると終わりが来るけれど、この曲の歌詞はそうではないから「これは新しいサステナブルな恋愛のひとつですね」と返事したんです。そうしたら〈これは恋ではない〉というフレーズが新たに書き加えられていて、なるほどって感じでしたね。
ーーとにかくお二人とも仲良さそうだし、楽しそうです(笑)。
野宮:実際に、一緒にブースに入ってレコーディングしたんですよ。だからどちらかが間違えるとやり直しになっちゃうじゃない? それでも何回も付き合ってくれて、本当に優しい人だなって(笑)。