リリースと同時にクラシック(古典)となった『30』 アデルはどこまでも例外的にして別格の存在だ
例外的な存在。Adeleのことを一言で言うならそういうことになる。そこにはもちろん、デビューからブレイクまでのスピードや、作品ごとに自己記録を更新していく桁外れの売り上げやストリーミング数、アワードそのものの足場を揺るがしかねないグラミー賞をはじめとする各音楽賞での無双ぶりといったことも含まれるのだが、そういうテレビの情報番組やYouTubeの解説動画のような退屈な事実の羅列をわざわざここでするつもりはない。もっと本質的な意味でAdeleは例外的存在であり、4thアルバム『30』のリリース前後に自分の観測範囲で起こったいくつかの出来事は、改めてそれを強く印象づけることとなった。
Adeleが6年ぶりに新曲「Easy On Me」をリリースすること、そしてそれに続いてニューアルバム『30』がリリースされることを発表と同時に自分が知ったのは、フォローしている北米のラップ/ヒップホップ系の各アカウントによる速報だった。「だからどうした?」と思われるかもしれないが、普段はラッパー関連のニュースしか発信しない各サイトが、ラッパー以外のアーティスト(しかも英国の白人女性アーティスト)のカムバックをブレイキングニュースとして報じるのは極めて例外的なこと。サイトの運営サイドが単純にAdeleのファンであるというだけでなく、Drakeをはじめとしてラッパーの中にAdeleの信奉者が多いことも影響しているのだろう。
自分が『30』を初めて聴いたのは、今作から日本でのリリース元となったソニーのレコーディングスタジオで行われたアナログレコードでの試聴会だった。レコード会社の殺風景な会議室ではなく音響設計が万全のレコーディングスタジオという環境も異例なら、デジタルデータではなくアナログのフィジカルを通して発売前の音源を聴くというのも前代未聞。『30』のアナログレコードは2枚組に全12曲が収められているわけだが、片面3曲ごとに係がレコードプレーヤーにやってきて、ディスクをひっくり返したり載せ替えたりするという儀式めいた段取りで試聴会は行われた。アナログレコードのマーケットにおけるAdeleの他を寄せ付けない驚異的な強さはよく知られている話。『30』の3週前にニューアルバム『=(イコールズ)』をリリースしたEd Sheeranは「レコードをプレスするために7月には完パケを提出する必要があった。Adeleが世界中のプレス工場のすべてのラインを予約していたから、そこに後から割り込むのが大変だったんだ」とオーストラリアのラジオ局でのインタビューで嘆いていたほど。ちなみに、『30』のアジアパシフィック地域向けの製造を受注したのはソニーの静岡プロダクションセンターだという。
ヒップホップとAdeleの関係でいうと、これまでずっと生音にこだわってきたAdeleの作品に、ローファイヒップホップのビートメイカー、Joey Pecoraroの「Finding Parking」のビートをサンプリングした(ほとんど原曲にリリックをつけたと言ってもいい)「All Night Parking with Erroll Garner」が収録されているのも『30』のトピックの一つだろう。アナログレコードだと2枚目のA面2曲目にあたる同曲を境に、アルバムは前半(主にGreg Kurstinのプロデュース曲)と後半(主にInfloのプロデュース曲)に分かれている。
Donald GloverのChildish Gambinoとしてのプロジェクトのパートナー、そして今では Christopher Nolanのパートナー(『テネット』に続いて新作『オッペンハイマー』の劇伴も担当)としても知られるLudwig Göranssonによるオープニングトラック「Strangers By Nature」や、世界一の売れっ子プロデューサー、Max MartinとShellbackによる「Can I Get It」も含め、本作でAdeleと共同作業をしているプロデューサーはみなマルチプレイヤーとしてレコーディングで多くの楽器を演奏し、さらには専属のカウンセラーのようにリリックにも関与しているのが特徴。こんなに親密で手の込んだ作曲&レコーディング手法を徹底しているアーティスト、Adeleの他に知らない。