上妻宏光が掲げる『伝統と革新』とは何か 由紀さおり、押尾コータローらも参加した20周年公演レポ
三味線奏者の上妻宏光がソロデビュー20周年特別公演『上妻宏光‐伝統と革新‐』を開催。佐藤竹善、TSUKEMEN、宮沢和史をゲストに迎えて10月2日に開催した兵庫公演に続き、10月24日に、渋谷・Bunkamuraオーチャードホールで東京公演が行われた。『伝統と革新』と付けられた通り、三味線の独演だけでなく、現代的な打ち込みのビートと融合したオリジナル楽曲も披露した他、由紀さおり、東儀秀樹、押尾コータローがゲスト出演してコラボレーションを繰り広げるなど、三味線の可能性を追求した公演になった。
上妻「20年の三味線人生の集大成をお見せしたい」
「AKATSUKI」で幕を開けたステージ。同曲は2018年にリリースしたアルバム『NuTRAD』に収録の三味線とEDMを融合させた実験的な1曲で、この日スペシャルサポートで参加したDJ'TEKINA//SOMETHING a.k.a ゆよゆっぺがトラック制作を手がけた楽曲だ。そこからノンストップで繋がれた「BEAMS -NuTRAD-」。デジタルビートと空間的なシンセ、そして乾いた三味線の音色のコントラストが絶妙で、伝統音楽を厳かな気持ちで聴くのとは違う、熱気と高揚感に満ちあふれた異次元のリスニング体験へといざなってくれた。
「20年の三味線人生の集大成をお見せしたい」と上妻。20年に渡って日本の伝統文化を現代的な手法で世界に伝えて来た、上妻が掲げる『革新』とは何か。その答えをライブの冒頭から叩きつけ、三味線の無限の可能性を見せつけた。
このライブのサポートメンバーには、ゆよゆっぺの他、伊賀拓郎(Pf)、渡邉裕美(Ba)、はたけやま裕(Per)が参加。この3人は、アルバム『NuTRAD』に収録の「時の旅人- Jazzy-」を始め、アルバム『伝統と革新-起-』など多くの作品で、上妻をサポートして来た面々。強力なバックアップのもと、上妻は自由に延び延びと三味線を演奏した。
「感謝と祈りを込めて大切に歌い続けていきたい」と、歌声も披露した「田原坂」。ピアノ、パーカッション、そして三味線の音色が混じり合い、まるでブルースのようなグルーヴを生み出した同曲。会場に響く三味線のハリのある音色が、聴く者の想像力をかき立てるような瞬間だった。まるで打楽器のように三味線にバチを打ち付け、パーカッションと共に聴かせた「ONE TO ONE」。メンバーと向かい合い、まるでジャズのインプロビゼーションのような丁々発止のプレイ合戦を繰り広げる。一期一会の即興演奏に、会場からは大きな拍手が沸き起こった。
MCでは「三味線と民謡は僕のベーシックな音楽。それまで伴奏楽器だった三味線をメインにした音楽をやって行きたいと思い、『伝統と革新』をテーマに海外でもいろいろなミュージシャンと共演してきた。三味線の格好良さを知ってほしくて、いろいろなところで演奏してきた」と、これまでを振り返った上妻。時代と共にその存在が移ろいで行くことにも触れ、「世界にアピールできるものが、どんどんなくなっていくのは寂しい」と、どこか悔しさを滲ませるような場面も。そんなMCに続けて、「僕の弟子である志村けんさんが、すごく愛してくれた曲です」と、紹介して「紙の舞」が演奏されると、会場は一気に静まりかえった。三味線が奏でるどこかもの悲しいフレーズ。観客は静かに聞き耳を立て、それぞれの中に眠る故人に思いを馳せていたことだろう。