藤田麻衣子、不安や葛藤を越えて作り上げたライブでの心の共振 東名阪ツアーファイナル公演レポート
5thアルバム『necessary』を3月にリリースした藤田麻衣子が、この秋、作品を携えての東名阪ツアー『LIVE TOUR 2020〜necessary〜』を敢行。そのファイナルが、10月2日、東京国際フォーラム ホールCで行われた。観客数は収容可能人数の50%以下で、一席おきの着席というソーシャルディスタンシング仕様での開催。もちろんマスクは必須で、入り口でのアルコール消毒や検温も含め対策は万全だ。開演前の客席は静かだったが、ライブ空間の共有を求めて集まった人たちの思いは強い。熱を内包する波動のようなものが会場を満たしていた。
暗転とともにサポート陣が入ってくると、眩しい光がステージを包み込んだ。ピーンと澄んだ音で奏でられた美しいプロローグ。「あぁ、始まる」とワクワクでいっぱいになった観客が、それぞれの心の中で立ち上がるのがわかったその瞬間、ハジけるような「chapter」のイントロとともに藤田麻衣子が登場。客席もライトで照らし出され、発することのできない声援を託した大きな、大きな手拍子が沸き起こった。目一杯明るいこの曲の〈さぁ 新しい章の幕開け〉という歌詞が、耳にうれしく響く。時代が変わる、変えていけるという藤田の気概が、誰もがどこかで抱えていた鬱々としたムードを吹き飛ばしていく。客席を見渡す藤田も最高にうれしそうな表情。「よし」という表情を浮かべるや、2曲目「その声が聞きたくて」ではいきなり切ない世界へと観客を引き込んでいく。その変わり身の早さもまたパワフルで藤田らしい。
MCの第一声は、精一杯の感謝を込めた「ようこそ!」だった。応えられない会場の戸惑いを察して、「みんな、心の中で大きな声で返してくれてるんだと思います」と藤田。緊張からなのか、話し声がちょっとかすれ気味だったが、ファイナルがライブ配信されていることに言及すると、「カメラの向こう側でも、こちら側でも楽しんでいただけるよう、心を込めて歌っていきます」と高らかに宣言。低音から高音まで声のダイナミクスが堪能できる「線香花火」、そして、ストーリーが映像となって見えてくる「そばにいるのに」と、藤田麻衣子の代名詞である恋愛ソングをじっくりと聴かせてくれた。歌い出すとかすれは不思議となくなり、最後の1音の歌い終わりまで本当に丁寧に声が紡がれていく。心を込めるとはまさにこれなんだなと思った。
困難な時代を生きる我々にとって、今回一番のメッセージになっているなと感じたのが、続く「here」と「necessary」だった。個人的にも大好きな2曲。前者は、リアルサウンド掲載のアルバム『necessary』についてのインタビュー時に語っていた通り(参考)、昨年長いお休みをとった藤田が、休み明け初のライブのために作ったもので、ライブにおける自身の存在意義や、観客がそこにいてくれることへの感謝が、とてもやわらかな言葉で歌われている。ずっとライブができなかったこの2020年の特殊状況下にあって、今、初めて、手探りでライブを開催しているこの瞬間にこそ聴きたい歌。〈あなたのままで ここにいてほしいんだ〉という歌詞に、多くの人がライブという場所にいられる(配信で同じ時間を共有する)幸せを噛みしめたことだろう。
後者の「necessary」についてはMCで、「“温もり 視線 会話”という昔から大事にしているものを歌に書けた。距離を取らなければいけない今、何かが足りなくて寂しい。当たり前のようにあったもので安心できていたんだなと思いました」と紹介。ピアノとバイオリンだけをバックに奏でられるその珠玉のメロディと言葉に、「一番 必要なもの」を思い浮かべながら耳を澄ましていると、鼻の奥がツンとしてきて、自粛の呪縛みたいなものからフワーッと解き放たれる気がした。一部のラストは、ピアノ弾き語りの「あなたを好きになって」。自分の心のリズムにあった自由なテンポで、藤田は水彩画を描くように歌声を空間に滲ませていく。歌と向き合う凛とした姿がそこにあった。
換気のため設けられた15分間の休憩が終わると、メンバーは思い思いにリコーダーやタンバリンを鳴らしながら、ブレーメンの音楽隊のように登場。その最後尾に、小さなグロッケンを鳴らす藤田がいた。マレットを持ってちょこんと立ち、メンバーとアイコンタクトする姿がなんとも愛らしい。始まったのはキュートでカジュアルな和みソング「それくらいでいいよね」。本当はリコーダーを吹くつもりだったが、手が小さくてうまく吹けず、スタッフに止められたというエピソードには、あちこちからマスク越しのクスクス笑いも。その楽しい気分のまま、大人になることの機微をワルツで歌った「クリア」へ。ノスタルジックな「思い出にはいつも」も続き、気づけばここまでで『necessary』から9曲。アルバムを携えてのツアーという期待にしっかりと応えるメニューだった。