“フリースタイルピアニスト” けいちゃんが語る、ストリートピアノの醍醐味 オリジナル曲に対する強い思いも明かす

けいちゃんが語るストリートピアノの醍醐味

 2019年9月にストリートピアノの演奏動画をアップし始めてからわずか1年9カ月で、YouTubeチャンネル登録者数100万人超えを記録。“フリースタイルピアニスト”と自称するけいちゃんが、全曲オリジナルによるデビューアルバム『殻落箱(がららばこ)』をリリースした。アニソン、ボカロ曲、ゲームミュージック、J-POP、童謡、ジャズ、超絶技巧のクラシックまで幅広いレパートリーを持ち、デビュー作では作曲に加えて、作詞とボーカルまで行っている。ピアニスト、トラックメイカー、シンガーソングライター……と、ジャンルも肩書きもひと言ではいわく言い難い彼の音楽的ルーツを探った。(永堀アツオ)

“とにかくバズり散らかしてやるぞ”という思いで始めたYouTube

ーーまず、表現の場としてYouTubeを選んだ理由からお伺いできますか?

けいちゃん:学生時代からYouTubeを見ていて。音楽に限らずいろんなジャンルのものを見ていたんですけど、絶対に今後の音楽業界はYouTube発端のアーティストがトレンドになるだろうなと思っていて。僕もそこに参入したかったのでYouTubeを始めて、皆さんに知ってもらえるように頑張りました。

ーークラシックのピアニストとしてやっていきたいという気持ちはなかった?

けいちゃん:うーん……たとえクラシック一本でやっていたとしても、YouTubeはやっていたと思います。昔はライブやコンサート、CDでしかファンの方に認知してもらえなかったと思うんですけど、今はYouTubeという無料で誰でも見られるプラットフォームがあるわけじゃないですか。それを使わない手はないし、TwitterなどのSNSは絶対に必須の時代なんだろうなと思っていて。それは当たり前のことなんですけど、音大時代は意外とそこに気づいてない人も多かったんですよね。

ーーけいちゃんがYouTubeを始めた2年前はまだ、躊躇してるアーティストも多かったですね。

けいちゃん:アーティストとYouTuberがはっきりと分かれていたというか。ちょっとYouTubeを小馬鹿にするというか、やらない方がいいよっていう人もいましたね。でも、僕は「これからはYouTubeの時代だ」と言い続けていて。今はどんどん参入してる人が増えているので、「それ見たことか!」と思ってます。

ーー(笑)。「弾いてみた」ではなく、「ストリートピアノ」だったのは?

けいちゃん:高校2年生の時に修学旅行でロンドンに行ったときに、駅に1台のピアノが置いてあって。集合場所だったので学生たちが大勢いたんですけど、急に僕の目の前に道が開けて。バージンロードみたいなものができたんですよ(笑)。なんだろうと思って進んで行ったら、そこにピアノがあって。みんな、僕がピアノを弾けることは知っていたので「けいちゃん、いけ!」って言われて弾いてみたら、いろんな観光客や現地の方が集まってきて、喝采を送ってくれたんですよね。その経験がすごく気持ち良かったのを覚えていて。大学を卒業して、YouTubeでストリートピアノを弾いている動画を見つけて。その文化が日本にもあるんだっていうのを知って。「これじゃん!」ってなりましたね。

ーーちなみにロンドンでは何を弾いたんですか。

けいちゃん:リストの「ラ・カンパネラ」と「蠍火」(「ピアノ協奏曲第1番”蠍火”」/『BeatmaniaIIDX』シリーズ収録曲)という曲を弾きました。

ーー「蠍火」はゲームミュージックじゃないですか。すでにジャンルがクロスオーバーしてたんですね。

けいちゃん:「蠍火」はゲームミュージックですけど、僕はピアノだけのバージョンを聴いていて。割とクラシカルな感じで好きだったんですけど、その時からちょっと変わっていたんですかね?

ーー(笑)。改めて、けいちゃんの音楽的ルーツを探っていってもいいですか。クラシックはもちろん、ジャズやアニソンまで幅広く弾ける背景を知りたいなと思っています。

けいちゃん:3歳の時にピアノを始めて、ずっとクラシックをやっていました。小学校4年生くらいからコンクールにも出るようになって。その時期から「ピアニストになりたい!」と思って、ずっと毎日、何時間も練習していましたね。

ーーピアノを嫌いになったりはしなかった?

けいちゃん:なかったですね。褒められることが嬉しかったし、上達しているのが自分でもわかるので、そこにやりがいを感じていたのかなと思います。あとは、ピアノを弾いていると快感を覚えることがあって。もちろん、練習は嫌なんですよ。クラシックは数学的なところがあるから、バランスを考えたり、頭を使って弾くから疲れるんですけど、快感を覚える瞬間が楽曲ごとに要所要所にあって。

ーー最初にその感覚があった曲は?

けいちゃん:三善晃さんが作った「波のアラベスク」という曲ですね。「おお、このハーモニー感、気持ちいい」と思って。その時が一番最初かな。確か、小学校2年生だったと思います。

ーーその後、コンクールに出るようになるんですよね。

けいちゃん:子供心にだんだんとピアノの奥深さを知るようになったというか、どこまで追求してもまだ奥があるし、音楽は完成がない芸術なんだなと。そこが楽しかったんですよ。いつも、今できる最高得点を常に出し続けたいと思っていました。それをどんどん更新し続けていって、コンクールでベストの状態に持っていく。そうすると結果が返ってくるので楽しかったですね。

ーーコンクールでも緊張することはなく?

けいちゃん:あんまり緊張しない性格みたいです。何より結果が返ってくるのが楽しくて。コンクールの雰囲気も好きでしたね。勝負事が好きなのかもしれないです(笑)。

ーークラシックだとどんな作曲家や演奏家が好きでしたか。

けいちゃん:パスカル・ロジェのラヴェルがすごく好きで、エフゲニー・キーシンも好きでした。ロジェは、他の人では絶対に出せないような音を出すんですよ。ピアニッシモをフォルテッシモみたいに弾くんですよね。すごく凝縮されたピアノを弾く人。キーシンは弾いている時の没頭している顔が好きでしたね。

ーークラシック漬けですよね。

けいちゃん:そうですね。唯一クラシックではない演奏家の方でいうと、マクシム・ムルヴィツァというピアニストがいて。

ーー日本ではクラシカル・クロスオーバーというジャンルで人気でした。2000年代に何度か来日していて、イケメンピアニストとも言われてました。

けいちゃん:マクシムはトラックメイキングもやっていて。ピアノと打ち込みの音を混ぜる、今の僕の楽曲と似ている部分があって。僕の音楽観を支えている一人になっていますね。テレビで見て、カッコいいと思って、CDを買って。コンサートにも行ったんですよ。クラシックのコンサートって、眠くなるんですけど(笑)。

ーーあははは。クラシック好きでも?

けいちゃん:ずっと集中して聴いていれば眠くならないんですけど、子供の頃は知らない曲になると眠くなっちゃってたんですよね。でも、マクシムのコンサートは1回も眠くならなくて。ピアノだけじゃなくて、他の音も混ざっていたのが面白くて、ずっと集中して聞いていて。こういうのは楽しいなと思ってましたね。

ーーピアノ以外に興味はありましたか。

けいちゃん:中学生になってから、ピアノ以外も聴くようになりましたね。RADWIMPSとか、ボカロとか。ボカロは中学で出会ったんですけど、クラシックを聴く時とは全然違って、単純に音楽を楽しむというか。ボカロは斬新だったから、初めて聴いた時はちょっと違和感がありましたけど、慣れてくると気持ちよくて、ずっと聴いちゃってました。その後、UVERworldにハマって、ライブも行ってましたね。ライブに行った方がより好きになるアーティストだなと思ったし、パフォーマンスに対する意識も変えてもらったなと思っていて。魅せる演奏というか、没頭して自然と出てくる動きを制御する必要はないんだということを学びました。

ーーちなみにアニメは?

けいちゃん:有名どころが好きなくらいですね。最初にハマったのは『NARUTO』と『銀魂』。深夜アニメはあまり見ないですけど、みんなが好きなアニメは気になって見ちゃうので、『鬼滅の刃』は好きですし、今は『東京リベンジャーズ』が好きで見てますね。

ーーストリートピアノでは『エヴァンゲリオン』から『サザエさん』まで、いろんなアニソンを弾いてますよね。

けいちゃん:耳コピの練習をしていたら弾けるようになりました。後は、マッシュアップが楽しくて。例えば、「廻廻奇譚」( Eve/アニメ『呪術廻戦』OPテーマ)と「うっせぇわ」(Ado)とか。ある程度コード進行を合わせればできるんですけど、みんなを驚かせるのが好きなんですよね。

「うっせぇわ/Ado」と「廻廻奇譚/Eve」をリクエストされたので必殺技発動【ストリートピアノ】

ーージャズの要素はどこからきていますか? ストリートピアノでは「My Favorite Things」などで見事なアドリブを披露していました。

けいちゃん:最初はミシェル・カミロ(ドミニカ共和国出身のラテン・ジャズを得意とするピアニスト)に出会って。そのあと、H ZETTRIOに出会ったのが大きかったですね。大学生の時に「Everything」という曲を聴いて、「なんじゃ、このカッコいいピアノは!」って衝撃を受けて。そこから、ひたすらH ZETTRIOの曲を聴きまくって。そしたら、自ずとジャズのアドリブが弾けるようになって。

H ZETTRIO/Everything (@MUZA KAWASAKI SYMPHONY HALL) [MUSIC VIDEO]

ーーそこからいわゆるジャズジャイアンツを遡ったりはしてない?

けいちゃん:そうなんですよね。ひたすらH ZETTRIOの曲だけで、ジャズの要素を盗んでいって。たぶん昔の人のばかり聞いてたら、今のアドリブソロも古典的なジャズのアドリブというか、型にハマったジャズのアドリブになっていたと思う。

ーー高校卒業時は将来はプロのピアニストになると思っていましたか。

けいちゃん:いや、違いますね。すごく狭き門だし、ピアニストになったとしても食べていけない可能性の方が高い世界だっていうのは知っていて。でもピアノは続けたかったので、何かピアノが弾ける職業はないかなと思った時に、音楽の先生がいいなと思って。だから大学は音大の音楽教育学科に行ったんですよ。で、最初は「僕は先生になる」と思って過ごしていたんですけど、音大生の人たちと過ごしているうちに、演奏が楽しくなってしまって。だから2年生の始めに教職課程をとることをやめたんですけど、音楽教育科は幅広く音楽が学べるんですよね。ピアノ科に入るとクラシックだけで、レッスンと変わらない。でも音楽教育科はリトミックもあるし、声楽やジャズの即興演奏などもあって。ピアノの授業はクラシックをやってたんですけど、他の授業ではやりたいことをやっていたら、割とフリースタイルにピアノが弾けるようになっていった感じですね。音楽教育科に入ってたから、今のスタイルがあるんです。

ーー音楽の先生になることを辞めて、将来はどう考えてましたか。

けいちゃん:SNSを使ってバズってやろうと考えていました。大学在学中はちゃんと勉強をして、卒業してからやればなんとかなるだろうなと。とにかくバズり散らかしてやるぞっていう思いで、YouTubeを始めました。

ーー(笑)。そんな野心があるようには見えないんですよね。

けいちゃん:ふふふ。野心は隠して、弾いてます。でも、内心はすごく計画的に絶対にバズってやろうっていう思いでいましたね。

ーー最初は2019年9月の「都庁でト長調の蝶々を超カッコよく弾いてみた」という動画でした。

【都庁ピアノ】都庁でト長調の蝶々を超カッコよく弾いてみた

けいちゃん:このダジャレでバズってやろうと思ったら、そんなに伸びずに(笑)。当時はどんな気持ちだったかな……。都庁は不思議な雰囲気の場所なんですよね。他のストリートピアノとも違う、神聖な空気が流れていて。スタッフもずっと立っているし、広いし、室内だし、グランドピアノは変な色をしてるし(笑)。ピリついてる空気感がありましたね。その後にあげた「白日」(King Gnu)を弾いた動画がついにバズって。

【都庁ピアノ】King Gnuの「白日」を弾いたら外国人の方が叫んだ!?

ーーでも、そんな簡単に登録者数100万人はいかないですよね。どんな気持ちでしたか。

けいちゃん:100万人を突破したことは嬉しかったけど、だからといって何も変わることはなかったですね。特に目標を設けてはいないので。

ーーバズった後の計画はどう考えていましたか。

けいちゃん:バズり続けて、バズり散らかそうとしか考えてなくて。それも音楽と一緒なのかもしれないんですけど、完成がないというか。目標を作らずに、死ぬまで上り続けるみたいな感じなんですよね。あと、僕はYouTubeがメインという感覚もなくて。初期からYouTubeはただの広告として使おうと考えていたんですね。けいちゃんというタイトルをみんなに知ってもらうための広告塔として使っていて、あくまでも、けいちゃんを盛り上げていくためのツールの一つなんです。だから、100万人を突破したからといって、息を整えたりするわけではなく、ひたすら宣伝しまくろうというだけですね。

ーー広い間口から入ってきた先には何がありますか。

けいちゃん:アーティストのけいちゃんを楽しんでいただけたらいいなと思います。僕みたいにYouTube色が強い動画をあげているピアニストは、今はまだそんなに多くないと思うんですよ。今後は増えていくと思うんですけど。普通のアーティストと違って、入口から人柄を知れるし、より身近に感じてもらえるんじゃないかなと。今までのアーティストと違って、雲の上の存在というよりかは、親戚のお兄ちゃんみたいな感じ。

ーー街で会えるかもしれないという近さや親密さを感じる。

けいちゃん:それがストリートピアノの良さでもあると思います。休み時間の音楽室のような空間が至る所にいっぱいあるというのが理想ですね。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる