2ndアルバム『ノーメイク、ストーリー』インタビュー
杏沙子が語る、シンガーソングライターとして表せるようになった“本当の気持ち”「聴いてくれる人ともっと近くなれたら」
音楽専門誌でもかなりの高評価を得た1stアルバム『フェルマータ』から1年5カ月ぶり。杏沙子の2ndアルバム『ノーメイク、ストーリー』が7月8日にリリースされる。
ポップス黄金時代の豊かなメロディを大事にしながら洗練された現代的なポップスに昇華させるというスタイルはそのままだが、大きく変化したところがひとつあって、それは歌詞だ。自身の手による今作の歌詞は、どれも「素顔の自分を曝け出して」「本当の気持ちを書いた」もの。そこからはシンガーソングライタ―として覚醒した彼女を感じることができる。
強気と弱気。言えなかったことと言っておきたいこと。女の子っぽさと大人っぽさ。それらが入り混じった様々なドラマが曲となり、それが10並ぶことでまさしく物語=『ノーメイク、ストーリー』となる。弾けた曲から切ない曲、映像喚起力が高くて深みのある曲と、グラデーションをつけながら進んでいく、その流れのよさも見事だ。
今の気持ちと、アルバムに収録された10曲について、じっくり話を聞いた。(内本順一)
実際に存在する気持ちを書いていこう
ーーステイホーム期間はどんな感じで過ごしていたんですか?
杏沙子:断捨離してました。自分にとってこれは必要か不必要かということをすごく考えるようになりましたね。
ーー気持ち的にはどうでした? 不安が大きかったのか、それとも自分のやれることをやろうと前向きな気持ちでいられたのか。
杏沙子:ライブが中止になったりとか、自分の理想のペースでやりたいことがやれなくなったりもしたので、初めの頃は焦ってました。けど、自粛期間が長引くに連れて「今の自分には何があって、何が足りないんだろう?」って冷静に考えられるようになったので、そういう意味ではいい時間でしたね。身のまわりも心まわりも整理整頓された時期でした。
ーー断捨離と共に心のなかも。
杏沙子:だいぶ整理されて、すっきりしましたね。自分は何を大切にしたいのかとか、今はどんな曲を書きたいのかとかがハッキリした。ちょうど『ノーメイク、ストーリー』のリリースに向けての準備もあって、セルフライナーノーツを書いたりもしていたので、どうしてこういう曲を書きたくなったのかと考えながら、無意識のなかにある自分の本質みたいなものを掘っていって。アルバムのリリースが控えていたのが気持ち的によかったってところはあったと思います。
ーーステイホーム期間中にも、YouTubeライブやインスタライブをやったり、コバソロさんや寺岡呼人さん、そして音楽仲間とステイホームセッションしてアップしたりと、ずっと動いている状態を見せ続けていましたが、それも自分の意思でそうしていたんですよね?
杏沙子:はい。やっぱり歩みを止めたくなかったから。むしろこういう期間だからこそ、工夫したら出会ってくれる人が増えるんじゃないかって前向きに捉えていたんです。それで、コバソロさん、寺岡呼人さんもそうですけど、力を貸してくれる人に連絡して。だから、わりと忙しくしてましたね。生き生きしてました(笑)。
ーーアーティストとして何ができるのか。自分の役割みたいなことに意識的になりながら動いていた。
杏沙子:みんなが今、何を求めていて、どういう音楽を聴きたいのかみたいなことにはアンテナ張ってましたね。SNSを見てると、そういうのって日々変化していってるところがあったから。「みんなで頑張ろう」みたいなトーンの時期から、ちょっとみんなが疲れだして「一回忘れたい」みたいな感じになっていって、ああ、今は癒しが求められてるんだなとか、今は楽しい気持ちになれる曲を聴きたいのかなとか考えつつ。「もうちょっと」というオリジナル曲を音楽仲間と一緒に“ステイホームあるある”を入れて作ったんですけど、そのときも「頑張ろう」って言葉は入れたくないなと思ったり。SNSを通じて、そのときに出す言葉はけっこう考えて選んでました。
ーー“今、何を歌うか”、あるいは“何を歌わないか”は、すごく重要ですよね。1年前なら響いたであろう言葉、有効だったメッセージが、今はそうじゃないってこともあったりするわけだし。
杏沙子:本当にそう思います。あと、これは世界がコロナでこうなる前から思っていたことなんですけど、実際に存在する気持ち、リアルな気持ちを書くことが、聴いてくれる人の曲にもなるし、自分自身にも強く刻まれるんだなって。そんなことも考えてました。「とっとりのうた」を『フェルマータ』で書いて、そのあと「ファーストフライト」を書いて、その2曲は自分のなかにある気持ちを曝け出すように書いたんですよ。正直、自分だけのために書いたところもあったんですけど、それに対して「生きていく上でのテーマソングになりました」って言ってくれる人もいたりして、それまでに書いてきた曲よりも聴いてくれる人との距離が縮まったように感じたんです。そこから、そうやって実際に存在する気持ちを書いていこうって思って。自分が今書きたいのはそういう曲なんだとわかったというか。
ーーそういう気持ちから今回のアルバム作りがスタートしたわけですか?
杏沙子:いや、『フェルマータ』のときもそうだったんですけど、作り始める段階では特にそういう全体像みたいなものは頭のなかになくて。ただ自分の書きたいときに書きたいものを書いていったという感じなんですよ。でもそうやって『フェルマータ』からの約1年で書いた曲を並べてみたら、「とっとりのうた」と「ファーストフライト」がきっかけになって生まれた気持ち、リアルなものを書きたいというような気持ちがだんだんと強くなっていったんだなって自分でわかったんです。
ーーその気持ちに気づいたきっかけは……。
杏沙子:やっぱり「ファーストフライト」が大きかったですね。自分のなかで、この曲が分岐点になった。あんまり人に言わない自分のなかの負の感情みたいなものを曲のなかに入れるのはけっこう勇気のいることだったんですけど、ドラマ主題歌っていうお話をいただいて書いたからこそ、自分なりの理由をつけられたというか。それがなかったらここまでの歌詞は書けてなかったと思うんです。今でも私は焦ったり迷ったりしたときにこの曲を聴いていて。自分の曲って、出来上がったときは嬉しくて何度も聴きますけど、普段から家で聴き返すことはそんなにないんですね。でもこの曲は本当によく聴いていて、「なんでだろ?」って考えると、自分の偽らざる気持ちをそのまんまぶつけるように書いたのが初めてだったからなんですよ。フィクションじゃなくて、本当の気持ちを書いたからこんなに自分に響くんだ、だから大切な曲になったんだってわかった。自分で書いた言葉にこんなに背中を押されるというのも初めてだったし。
ーーそこから自分のなかの“本当”を表現したアルバムになっていった。
杏沙子:そうですね。
ーーセルフライナーノーツには、こんなふうに書かれてます。「小さい頃から人の顔色ばかり見て生きてきた。誰からも、愛されていたい。目の前にいるこの人はいま、本当は何を考え、何を感じているか。そればかり考えて、伝える言葉を選んできたように思う」。「人の顔色ばかり見てるな、私は」って思っていたんですか?
杏沙子:はい。ちっちゃい頃からそうで、ビクターに入る前までずっとそうでした(笑)。沁みついちゃってるんですよね。自分が何を考えているのかっていうことより先に、この人は何を求めているのかって気にしちゃうクセが。それがこう、メジャーデビューすることになって、自分が本当に思っていることはなんなんだろうってところに向き合わざるを得なくなった感じで。
ーーインディーズで活動していたときは、自分のことを書きたいという気持ちはまだなかった?
杏沙子:なかったです。自分がどうというよりは、小説を書くようなテンションで、ひとつの物語として書くことをしていたので。
ーーそもそも、書くよりもまず歌うことが好きだったから始めたわけですもんね。
杏沙子: そうです。
ーーだけど、メジャーでやっていくことになったら、単に歌が好きというだけではダメなんだと気づいた。
杏沙子:だんだん自分のことを歌いたくなってきた、という感じなんですよね。そこで初めて、自分だからこそ歌えるものってなんだろうって考えたんです。そもそも自分らしさというものを考えたことすらあまりなかったんですよ。人に合わせてきたほうだったので、曲も本当の自分を隠して、なるべくみんなが好きになってくれるようなものを作ろうとしてきたんですよね。
ーーでも、インディーズの最初の曲である「道」でもう、人の流れに任せて生きているだけでいいのかという自分に対しての問いかけを書いていたじゃないですか。
杏沙子:「道」は主語が「僕」じゃないですか。でも最初は「キミ」って書いていたんですよ。自分のことを歌っているんですけど、曝け出せなくて「キミ」って書いていた。それを、当時音楽活動を手伝ってくれていた方に「“僕”にしてみたら?」って言われてそうしたんですけど、やっぱり「私」とは歌えなかったんですよね。まだ勇気がなかった。でも「とっとりのうた」で「わたし」って書いて、「ファーストフライト」でも自分の気持ちを書いたことによって、もっと曝け出したいと思うようになった。より生々しい言葉を選んでいきたいと思うようになったんです。
ーーで、今回そうしたと。
杏沙子:はい。でも、まだまだ。もっといけるんじゃないかって思ってます(笑)。