アルバム『ストリーミング、CD、レコード』インタビュー
川谷絵音が語るゲスの極み乙女。の新基準、そして音楽における想像力の重要性「音楽が言葉を、歌詞を最強にする」
大衆音楽としても機能するアルバムになった
ーーサウンド面では、前作『好きなら問わない』はミディアムテンポの美しい曲が多い作品でしたが、今作はダンサブルで賑やかな楽曲が多いですね。初期の曲にも通じる要素があるようにも感じます。
川谷:一聴しただけで華やかさが伝わってくる、サウンドの派手さは意識しました。海外のスタジアムバンドが持つような音のダイナミズム。それが必要だと思いながら、ゲスの曲を作り続けているので。今振り返ると、『達磨林檎』(2017年)や『好きなら問わない』(2018年)は、そういう派手さを備えた曲がありつつも、根本的には心が閉じていたかもしれないなと思います。不思議なもんで、心が閉じてると曲も閉じたものになるんです。今回はバーンと外に開けた音楽を目指していたので、心も一緒に開いていくような感覚で作っていきました。いつも通り自分たちのやりたいことを詰め込めたし、それでいて大衆音楽としても機能するアルバムになったと思います。
ーー2017から2018年頃が閉じていた時期だとすると、川谷さんは当時どんな状態だったと振り返りますか。
川谷:過去2作は自分のエゴも強く反映されていたと思います。あえて、大衆性を抑えて作っていました。それまでの作品が大衆に寄り過ぎていたから、きっとその反動が大きかったんです。僕らが軽いものだと見られているように感じたというか。「私以外私じゃないの」のサビだけとか、「ロマンスがありあまる」の言葉だけが先行しちゃって、音楽的な部分には目を向けられなかったことが悔しくて。とにかく周りから“なめられたくない”という感情が先立ってしまって、音楽的な作品を作ることに重きを置いていました。……例えば、自分のやりたいことだけやっても大衆にはウケない、でも媚びてる音楽はダサい、みたいな意見があるじゃないですか。
ーーありますね。
川谷:僕は、そのどちらも正しくないと思っているんです。そもそも日本人には曖昧な表現が色々あって、僕はその“間(あいだ)”の表現が好きなんですよ。だからキャッチーさと自分たちのやりたいこと、それを混ぜ合わせたときにちょうどいい塩梅になるポイントを探りながら、今回は作っていきました。
ーー今作はまさに川谷さんのポップさとアート性が融合された作品だと思います。楽曲はものすごくキャッチーでありつつ、演奏やコーラスはきわめて洗練されていて。
川谷:サブスクにアップされた時、データが圧縮されても音のクオリティが下がらないようにしたいとは考えていました。とりあえずミッドの帯域に音を集めないようにして、今回はギターの音が邪魔になると思ったので、必要に駆られた時以外はいれないようにしています。あとは、メンバーが普段聴いているファンクやR&B、ブラックミュージックに近い音楽をやりたかったんです。だから音と音の隙間をいつもより空けたり、なるべく四つ打ちは使わないようにしたり……これまでの自分たちの作品との変化を出したかったので、特にビートは緻密に作っていきました。
ーーいつの時代のブラックミュージック、というようなイメージは。
川谷:どの時代、どういう曲っていう具体的な参照点はなくて。自分がこれまでに聴いてきた音楽のエッセンスが自然と反映されています。今は新しい音楽がサブスクで日々更新されていくし、それを常に聴いているので、具体的に何を聴いていたのかを問われても、正直思い出せないんです。良いのか悪いのか分からないですが、インプットしすぎていて。
ーーアルバムの中でも過去曲のタイトルが入っている「キラーボールをもう一度」が象徴的ですが、初期楽曲の躍動感と改めて向き合うような場面もありましたか。
川谷:「キラーボール」は、個人的に音がまったく気に入っていなかったんです。サブスク上にあるゲスの視聴ランキングの上位に常に入っているんですけど、ずっと録り直したかった一曲で。坂本真綾さんの曲(「ユーランゴブレット」「細やかに蓋をして」)を作っている時に、エンジニアの高須(寛光)さんと出会って、その時のサウンドがすごく良かったんですよ。そこから「キラーボール」を録り直したい欲が再び湧いてきて、どうせやるならリアレンジよりも別の曲にしちゃおうっていう。2020年に改めて、ゲスの極み乙女。はこういうバンドです、と提示したかったので、そういう意味でも「キラーボールをもう一度」は良いきっかけの曲になりました。
ーー創作活動を重ねていくうちに、音に対する感覚も変わっていくと、
川谷:色んな人に楽曲提供するようになってから、音のクオリティには敏感になったと思います。昔の作品を聴くと恥ずかしくなります。全部、ミックスもマスタリングもやり直したい。一般的なリスナーに対して音の良さを具体的には説明できないけど、なんかいい曲、なんかよくない曲という感覚的な指標にはなるし、音を良くすることにデメリットは一つもないので。