中村佳穂に備わった“ポップな魅力”とは何なのか Mac新CMにも起用された「アイアム主人公」から読み解く

 Appleが3月6日に公開したキャンペーンCM「Macの向こうから — 新海誠」の最後では「この世の中にはまだ語られていない物語があるはずだ」「小さな可能性なのかもしれないけどそれを信じて一行ずつ一枚ずつ重ねていく」「ずっと何かを、誰かを探している」という言葉が語られる。

Macの向こうから — 新海誠

 中村佳穂の楽曲「アイアム主人公」が起用されたCM「Macの向こうから — まだこの世界にない物語を」はその言葉を受けたもので、ローファイヒップホップ(参考:beipana「Lo-fi Hip Hop(ローファイ・ヒップホップ)はどうやって拡大したか」)にも通じる同曲のトラックは様々なアニメ作品における机に向かうシーンをつなげた映像とも実によく合っている。

Macの向こうから — まだこの世界にない物語を

 しかし、同CMのテーマを考えればこうした親和性は表層的なもので、起用の理由はむしろ中村佳穂という人間そのもののポップな魅力によるところが大きいと考えられる。彼女特有の健全な自己肯定感や鼻につかない唯我独尊ぶりが最も明確にあらわれたのが「アイアム主人公」であり、意志力と覚悟を持った上で自在に変化しそれを肯定してしまう在り方がCMのテーマと共振したからこそこの曲が選ばれたのではないか。CM用に編集された部分の歌詞〈ねぇ、良し悪しも知りたいし/運の悪さも運命か知りたいし/「君の思う僕は、僕の思う僕より良い奴なのかな。」/アイアム主人公/オンリーでイカしているぜ〉はそうした在り方をとてもよく示している。

 今年の2月24日に大阪のサンケイホールブリーゼで開催された単独公演『うたのげんざいち2020』で自分は1年3カ月ぶりに中村佳穂を観ることができたのだが、前回観た公演とは大きく異なる演奏表現に最初から最後まで驚かされた。(感想はこちら)大部分の曲のアレンジがスタジオ音源と異なっていて、歌詞や主な歌メロだけ残しつつコード進行やリズムパターンが全く別物になっている場面も多い。1曲目に披露された「アイアム主人公」ではサビを除き歌メロはほとんど原型を留めていなかったし、バッキングも2019年12月10日の新木場Studio Coastでの公演(先掲歌詞の部分は原曲と異なるジャズ/フュージョン的展開になっている)からさらに刷新されていた。

中村佳穂 "アイアム主人公" うたのげんざいち 2019 in STUDIOCOAST

 

中村佳穂「Rukakan Town」
中村佳穂「Rukakan Town」

 楽曲の骨格だけ残して枝葉の部分は自在に変化する、というよりも、一貫して保たれるのは演者の個性だけでアレンジは曲の長さも含めその場の気分で自在に改変される。各メンバーが互いの出方を注視しつつバンド全体で即興していく様子は、それこそWeather ReportやHiatus Kaiyote、Kendrick Scott Oracleのようであり、流動的なフォームを巧みに整えつなげていくその構成は、直感と論理的構成力が両立して初めて可能になるものだといえる。その上で不思議なのが、アレンジや演奏がどれだけ変化しても中村佳穂バンドならではの質感や雰囲気は一貫して保たれていることだった。圧倒的に上手いのだけれども、それとは別の相に存在する“なんかいい”人間的魅力の方が前面に出ており、しかもそれが圧倒的な上手さにより増幅されている。このような関係性は音楽の醍醐味の一つだが、中村佳穂のようなバランスでやっている人は他にあまり見当たらない。この人の音楽のポップさの源泉はこうしたところにこそあるのではないかと思う。

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