ビリー・アイリッシュはなぜ『007』主題歌に? シリーズの変遷と歌詞から、その歴史的意義を紐解く

 2020年の期待の大作のひとつ、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』の4月公開が、新型コロナウイルスの影響で11月に公開延期すると発表された。総制作費約2500万ドル(300億円)、その10倍の興行収入が全世界で見込まれる作品だ。来月の公開に向けて、さまざまなキャンペーンが始まった矢先だったが、有力なファンサイトから延期の要望の声が出たり、中国で映画館が閉まっていたりなど、理由はいくつかある。

 以下は、延期発表の3日前に入稿した原稿である。ビリー・アイリッシュが『007』の主題歌を担当する歴史的な意義と、歌詞の考察について書いた。先日、ブリット・アワードでのパフォーマンスが話題になったばかりだし、曲そのものはガンガン聴けるのでこちらは当初通り公開しようという話になった。半年後の「コロナ騒動が終わった世界」に思いを馳せながら、参考にしてもらえれば幸いです。

ジェームズ・ボンドとは何者か? シリーズの歴史とルーツを振り返る

 イギリスで最も有名な諜報部員、いや、最も知られた映画キャラクターといったほうが正しいだろうか。「007」ことジェームズ・ボンドを主人公にした『007』シリーズの5年ぶり25作目、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』の主題歌にビリー・アイリッシュが抜擢された、というニュースを知った時、「え?」と驚きながらも、数秒後に「似合ってるかも」と納得した映画ファンは多いように思う。それを証明するように、バレンタインデーの前日(日本時間で当日)に映画のトレイラーと一緒に公開された「No Time To Die」は、自身のアルバムの収録曲でもしっくり来るビリーらしい曲でありながら、きちんと『007』の世界観にはまっている。2月9日のアカデミー賞受賞式で、ファンを公言していたとはいえ、The Beatlesの「Yesterday」を割り当てられるという無茶ぶりにも動じなかったビリーである。18歳という若さばかり強調されるが、彼女は自分の得意分野をよくわかっているアーティストだ。

Billie Eilish – No Time To Die (Audio)

 曲の話に入る前に、『007』を耳にしたことはあるけど、よく知らないという若いビリー・ファンのためにざっくりとした説明しよう(詳しい人は、この段落を飛ばしてください)。第二次世界大戦で実際に諜報活動をしていた作家、イアン・フレミングが1950年代に書いたスパイ小説を元にした映画シリーズで、すべてのスパイ映画のプロトタイプになったといっても過言ではない。第1作目『007/ドクター・ノオ』が公開されたのが、1962年(昭和37年)。主演俳優を代えながら、58年間も制作され続けているモンスター・シリーズである。成功した大きな理由に、音楽の素晴らしさがある。ジョン・バリーが手がけたテーマソングは、すり足の足音が近づいてくるようなギターの調べだけで、危険で華やかなスパイの世界に誘う名曲であり、最も有名な映画のテーマソングのひとつだ。もちろん、主題歌も重要。日本で『007』シリーズに近い作品を無理やり探すとすれば、寅さんの『男はつらいよ』シリーズになるだろう。主役の渥美清こそ変わらないが、マドンナ役に抜擢されると女優に自動的に箔がついたように、『007』の主題歌を担当することは非常な名誉であり、ビリーは最年少でその名誉に浴したことになる。

 『007』シリーズの話をもう少し。ジェームズ・ボンドは、イギリス秘密情報部所属の諜報部員。つまり、国家公務員のスパイである。この秘密情報部は実在の機関で、英語ではSIS(シークレット・インテリジェンス・サービス)や、MI6とも呼ばれる。MI6(エムアイシックス)は、「ミリタリー・インテリジェンス第6部」の略。「ミリタリー」がついているように、戦争の時に敵国の情報を引き出すのが任務だ。悪役の設定など、その時代ごとの背景が組み込まれるが、ボンドが英国紳士らしくスタイリッシュだったり、毎回新しい秘密兵器が出てきたり、スタイル抜群のボンド・ガールと呼ばれる美女が揃っていたりと、「お約束」の多い、確固たる世界観のエンターテイメント作品である。また、原作の小説シリーズがジャマイカで書かれた史実を、レゲエ番長として強調しておきたい。イアン・フレミングが住んでいたオラカベッサ・ベイの敷地は、映画のタイトルから取った「ゴールデンアイ」というホテルになっている。持ち主はアイランド・レコーズ創始者で、ボブ・マーリーを世界に売り出したクリス・ブラックウェルであり、彼は映画の撮影にも関わっていた。ボンドがイギリス人であるにもかかわらず、紅茶が嫌いでジャマイカのブルーマウンテン・コーヒーを愛しているのも、イアンが実際に飲んでいたからである。

『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』予告

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