ビリー・アイリッシュはなぜ『007』主題歌に? シリーズの変遷と歌詞から、その歴史的意義を紐解く

ビリーと『007』の世界観がシンクロした秀逸なリリック

ビリー・アイリッシュ「No Time To Die」

 その「No Time To Die」は、裏切りや復讐めいた言葉を散りばめたダークな失恋の曲だ。グラミー賞の受賞スピーチで「自殺願望」といった強めのワードを発した18歳のビリー・アイリッシュのボキャブラリーと、58周年を迎えた『007』によく出てくるキーワードが被るのは、興味深い。たとえば、〈That the blood you bleed is just  the blood you owe(あなたが流している血は、人を傷つけた分の血だよ)〉という歌詞。詩的な言い方だが、「そっちも痛い目見てよね」という復讐心に満ちた、「殺しのライセンス」とオーバーラップする秀逸なリリックである。コーラスを対訳してみよう(注:池城訳です)。

「That I’d fallen for a lie/嘘を信じ切ってた
 You were never on my side/私の味方だったことなんてないよね
 Fool me once, fool me twice/最初は騙したそっちが悪いけど 2回目は私の自己責任
 Are you death or paradise?/あなたって死神? それとも天国だった?
 Now you’ll never see me cry/もう泣いたりしない
 There’s just no time to die/死ぬ暇さえ ないんだから」

 ビリーが歌うと振られた女性の曲に聞こえるが、これはよく敵側の美女にひっかかるジェームズ・ボンドの心情だ。ビリーとフィネアスは、イギリスのベテラン・プロデューサー、ステファン・リプソンの助力と、元The Smithsのジョニー・マー(彼もアイルランド人だ)のギターをフィーチャーして、さらに『007』の世界観に近づけている。現時点で、イギリスですでにスマッシュヒットになっており、2月18日のブリット・アワードでは、ジョニー・マーと、音楽全体を担当しているハンス・ジマーと一緒に初披露した。

Billie Eilish - No Time To Die (Live From The BRIT Awards, London)

 『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』は、ダニエル・クレイグが演じる最後のボンド作品であり、ジャマイカで隠居生活をしている場面から始まるという(楽しみ!)。『ボヘミアン・ラプソディ』で、フレディ・マーキュリーを演じ切ってアカデミー主演男優賞に輝いたラミ・マレックも悪役で登場する。監督は日系3世の父を持つ、キャリー・フクナガ。トレイラーで突然、能面が出てきたのは、監督が祖先に敬意を払ったからだと思う。

 半年間、楽しみに待っていよう。

■池城美菜子 Twitter
絶滅危惧種の洋楽専門ライター/翻訳家、ときどき映画評。訳書『カニエ・ウェスト論』、『How To Rap』。著書『ニューヨーク・フーディー』、『まるごとジャマイカ体感ガイド』。www.kusege3.com

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