かりゆし58、デビュー20周年を機に語る音楽をやることの苦しみと光 これからのバンドとの縁を生む新たな代表曲も

かりゆし58、20周年の苦しみと光

 かりゆし58がデビュー20周年を迎えた。2005年4月に沖縄で結成され、翌年2月にミニアルバム『恋人よ』でデビューした、かりゆし58。沖縄音階にロック、レゲエなど“チャンプルー”したサウンド、家族や仲間、沖縄に対する思いなどを生々しく描いた歌によって、幅広いリスナーから支持を獲得。「アンマー」「ナナ」「オワリはじまり」などのヒット曲はいずれもロングセールスを記録している。

 デビュー記念日の2月22日にデジタルシングル『愛を編む』を発表。“自分と家族の生命線が重なったとき、1人では描けない温かな円が生まれる”というモチーフから制作された「愛を編む」は、かりゆし58の新たな代表曲として浸透していくことになりそうだ。さらにガガガSPの“ギター弾き手”山本聡との共同制作による「youth」も収録。レゲエのサウンドに乗せて、家族、子供への愛情を描き出す楽曲に仕上がっている。

 3月18日には初のトリビュートアルバム『かりゆし 58 20th TRIBUTE ALBUM-Solo-solo HA!touch-』をリリースし、本作に参加したMONGOL800、04 Limited Sazabys、ORANGE RANGEをゲストに迎えた対バンツアーを開催するなど、アニバーサリーに相応しい活動が続く彼ら。ここでは20年のキャリアを振り返りつつ、メンバー4人に“かりゆし58とは?”について語り合ってもらった。(森朋之)

「アンマー」がなかったら、音楽をやることを肯定できなかった

ーー2006年のデビューから今年で20年。“20周年”という数字についてはどう感じていますか?

宮平直樹(以下、宮平):「20周年、まだ来ないで」と思ってます(笑)。10年目から20年目までが早くて、まだ自分の心の準備が出来てなくて。それこそトリビュートアルバムの音源を聴かせてもらったり、参加してくれた人たちのコメントを読んで、徐々に20周年に向き合ってる感じですね。

新屋行裕(以下、新屋):「ついに来てしまった」という感じですね。理想の姿になれなかったし、反省とか後悔ばかりで。最近落ち込み気味です(笑)。演奏のこともそうだし、最近の音楽を聴いてても「メロディもアレンジもテクニックもすごい」と思うことが多くて。自分は20年、何をやってたんだろう……。

ーー20周年に対する思いが、反省や後悔というのは……。

前川真悟(以下、前川):リアリティがありますね。

新屋:楽しいことはあまり覚えてないんですよ。でも、それは悪いことじゃないのかなと思ってて。

ーーまだやるべきことがある、ということですからね。中村さんはどうですか? 身体の不調でバンドを離れていた時期もあるので、20周年に対しては感慨深いものがあると思うのですが。

中村洋貴(以下、中村):そうですね。10年間バンドでドラムを叩いて、その後の10年はずっと悩んで。「2、3カ月で復帰できるかな」と思っていたんですけど、ほぼ10年かかってしまって。今はパーカッションとして関わることが多いですけど、やれることが増えてきたし、こうやってバンドにいられることに感謝ですね。

前川:かりゆし58自体も、前半10年と後半10年がすごく対照的なんですよ。光を浴びることが多かった最初の10年。後半10年はコロナを含めた時代的なものもあったけど、ちゃんとバンドが愛されているかどうか不安になることもあって。

ーーデビューから数年で「アンマー」「ナナ」「さよなら」「オワリはじまり」など、数々の名曲を発表。2015年以降はやや停滞していると感じる時期もあった?

前川:そうですね。スタートから5年くらいは自分の存在がデカくなっていくというか、周りの人に「スターじゃん」って冗談半分に言ってもらうことが増えて。外から見たら“栄光”とか“成功”みたいな時期だったと思うんですよ。後半の10年はまた違う別のガソリンが必要だったというか、「そうじゃないとこの暗い道は歩けないな」という感じだったんです。具体的には新しい家族の誕生だったり、あとは「洋貴が戻ってくるまで、かりゆし58の屋号を守ろう」だったり。まったく違うモチベーションで10年進んできて、最近になってようやく、本当に自分たちがやりたいことが見えてきた気がしてるんです。それは個人的な思いだったりするので、そろそろメンバーとも「バンドとして何を大事にしていくか」を一緒に見つめ合う時期なのかなと。

かりゆし58 前川 真悟
前川 真悟

ーーメンバー自身の変化もあるし、音楽シーンや社会の変化も影響してますよね。

前川:洋貴が戻ってきて「ここからやるぞ!」というときにコロナが来て、それが明けたらAIが登場して。人間の営みを大事にしなくちゃいけない時代なんだろうなと思ってますね、ミュージシャンも。やり甲斐があるなと思ってます。

ーーターニングポイントしては、やはり「アンマー」のヒットは大きいのでは?

かりゆし58「アンマー」

前川:マジで大きいですね。「アンマー」がなかったら、自分たちで音楽をやることを肯定できなかったと思うので。4人とも不器用だし、「何でこんなことが出来ないんだろう?」ということも何度もあって。「アンマー」のおかげで、「そういうことじゃないんだな」と思わせてもらえたし、そこに音楽の正体が隠れている気がしたんですよね。いいことばかりではなくて、だいぶ悩まされましたけどね。

——悩まされた、というのは?

前川:母親のことを歌にするのは卑怯じゃないかと思ってたんですよ、勝手に。“お母さん、ありがとう”という歌って、「この曲はクソだな」って言いづらいじゃないですか。周りのバンドは衝動や熱さで勝負しているのに、自分たちは“お母さんの歌”という誰からも文句を言われないプロテクターを付けてるような気がしてきて。一時期は歌いたくなさすぎて、ライブで歌詞が飛んだりしてたんですよ。でも、その後に先輩たちから励ましの言葉をもらったりしながら、少しずつ受け入れることができて。今は「しっかり届けたい」と思うようになりました。

新屋:久しぶりのライブで「アンマー」や「オワリはじまり」を演奏すると、「これ、自分たちの曲だっけ?」みたいな感覚になるんですよ(笑)。

ーー曲が独り歩きして、リスナーのものになっているというか。

新屋:「弾かせていただいてます」という感じですね(笑)。自分はそういう気持ちで演奏しているのに、みなさんから「あの曲が好きです」と言われたり、熱心に聴いてくれてるのが不思議で。奇跡みたいな曲だなって思いますね。

かりゆし58 新屋 行裕
新屋 行裕

宮平:「アンマー」「オワリはじまり」や「電照菊」を好きでいてくれる人は確かに多いと思うんですけど、中期以降の曲でいうと「カケラ」が自分のなかで印象に残っていて。自分の弟の結婚式の映像をMVにしたり、ファミリーヒストリーの一部になってるんですよ。

前川:それでいうと「青春よ聴こえてるか」ですね、自分にとっては。自分が親になるとわかった頃に書いた曲なんですけど、その時期は初めてスランプみたいなものに直面していて。「子供が生まれるってことは、『アンマー』の続編が作れるね」みたいに言われることもあったんですけど、そっちのほうに筆を進めることができなかったんですよ。「青春よ聴こえてるか」には〈夢の残党兵は今日も叫ぶ〉という歌詞があって。父親になったことを武器にしないで、自分のなかの葛藤、バンドマン、表現者としての覚悟を打ち立てられて良かったし、今聴いても「グッジョブ!」と思いますね。あのときは満足感や充足感がすごく怖かったんですよ。今あるもので満足してしまったら、音楽をやる意義がわからなくなる気がして。

ーー幸せな状況を得ることで、音楽に対するモチベーションが下がってしまうかもしれない、と。

前川:20代の独り身だったときは、飲んで帰ってきてからもギターを持って曲を作ってたんです。だんだんペースが落ちて、「どうしても世の中に聞いてほしい」という気持ちがなくなってきたというか。あとはもう音楽的な実験ですよね。「次はこんな曲を作ってみよう」という。ただ、そんなに器用じゃないし、それもあまり上手くいかなくて。「腕もないし、思いもない。なんだこれ?」という時期がいちばんきつかったです。

ーーなるほど……。中村さんの個人的に思い入れがある曲は?

中村:やっぱりデビュー曲の「恋人よ」かな。あの曲のデモ音源をもらったところからバンドがスタートしたし、「あれがなかったら何をやってたのかな?」という感じなので。

新屋:仕事してたしね。

中村:うん。20代前半でしたけど、「これからバンドをやるって、どうなんだろう?」という気持ちもあって。

新屋:「恋人よ」のデモを聴いて、ワクワクしたというか、「何かが変わるんじゃないか」と思ったのも確かなんですけどね。あのときはドラム叩いてなかったでしょ?

中村:高校でコピーバンドやっただけだから。

前川:会ったのも高校以来だったんですよ。あのときはクーラーの取り付けの仕事をやってたよな?

中村:やってた。

前川:5年ぶりくらいに洋貴に会って、「バンドやらない?」って誘ったら、「はい」ってネジを渡されました(笑)。

かりゆし58 中村 洋貴
中村 洋貴

ーーその状態でバンドに入って、ドラマーとしてデビューするってすごいですね。

中村:すごいですよね(笑)。めちゃくちゃ怒られましたけどね、ディレクターさんに。

前川:みんなで飲んでるとき、「真悟さん、ドラムをクビにしなよ」って言われたり(笑)。1stアルバム(『そろそろ、かりゆし』2007年)のレコーディングしてるときも、エンジニアの人から「やめちまえ」って言われなかった?

中村:あんまり記憶がない(笑)。

新屋:「東京の人、怖い」って思ったな(笑)。

前川:それもよかったかもしれないですね。レーベルとアーティストって、お互いに遠慮し合うこともあると思うんですよ。自分たちはそうじゃなくて、言いたいことを言い合えたので。

20年目のかりゆし58の形が見える曲

ーー新曲「愛を編む」についても聞かせてください。20周年イヤーの最初の楽曲ですが、どんなイメージで制作されたんでしょうか?

前川:曲が出てくる経緯ってけっこう説明しづらいんですけど……今日も話していたように「音楽をやることの苦しみ」はいろいろあって。その原因を探してみたら、「すべて自分のなかから絞り出そうしていた」というのが大きいのかなと。コロナ禍の頃から少しずついろんな場所に出ていくようになって、いろんな人と出会って。「こんなことがあったんですよ」という話を聞かせてもらって、その人にお返しするような気持ちで曲を書いたり。「人からもらった種を植えて、野菜が出来たら持っていく」みたいな感覚を得られて、音楽は自分のなかから絞り出すものじゃないなと思えるようになったんですよね。「愛を編む」もまさにそういう曲で。「奥さんがめっちゃ好き」ということなんですけどね(笑)。

ーー素晴らしいじゃないですか。

前川:奥さんは占いが好きで、あるとき、友達から借りた手相の本を読んでて。生命線の話をしてるときに、「手を繋いだら、二つの生命線が円になるんじゃない?」と気づいたんですよ。歪かもしれないけど、すごく温かくて、寄り添いながら一つの命を編んでいくという。

宮平:いい曲ですよね。確かどこかの楽屋でデモ音源を聴かせてもらったんですけど、メロディとコードの感じがすごくいいなと思って。その後で歌詞のエピソードを聞いて、家族はもちろん、いろんな縁を歌ってるんだなと感じたし、20周年の最初の曲として相応しいなと。……ちょっと自分の話をしたいんですけど、ちょっと前に、自分のイベントのお客さんに話しかけられたんですよ。

前川:イベントって、オカルトですからね。直樹、自分のフィールドをオカルトだと思ってるんで(笑)。

宮平:(笑)。その人が「これ使ってください」ってファズを貸してくれたんですよ。「愛を編む」のギターソロで、そのファズを使ってて。自分のなかで縁がつながりました。

前川:ファズで愛を歪ませてます。

かりゆし58 宮平 直樹
宮平 直樹

ーー(笑)。新屋さん、中村さんは「愛を編む」をどう捉えてますか?

新屋:バラード調で始まって、アレンジも限りなくシンプルで。かりゆし58のことをあまり知らない人にも届きやすいと思うし、これからの縁を作ってくれる曲だなと。ファズはちょっとうらやましかったです(笑)。

前川:行裕はアコギだからね、この曲。

中村:自分は……最近、あまり奥さんと愛を編んでないなと。

前川・新屋・宮平:(笑)。

中村:大事にしたいなと思いました。

ーーでも、大事な視点かもしれないですね。リスナーの方もそれぞれ大切な人を思い浮かべるだろうし。

前川:そうですね。サウンドのことで言うと、明確なイメージがあって。洋貴がパーカッションを叩くようになって何年か経ちますけど、サポートの和也(柳原和也)との絡み方もそうだし、ドラムとパーカッションのいいところ取りをしたいと思ってたんですよ。アフリカンな感じだったり、沖縄の音階を取り入れて、土着感や土臭さを表現したくて。

中村:僕も演奏しててしっくり来ました。

前川:洋貴がいないと成り立たない曲になってるし、かりゆし58としても新しい一歩だと思います。2曲目の「youth」はレゲエのテイストがあるんですけど、やっぱりパーカッションが活きてて。こっちも20年目のかりゆし58の形が見える曲じゃないかなと。

かりゆし58

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