ビリー・アイリッシュ、タイラー・ザ・クリエイター……『第62回グラミー賞』から浮かび上がった課題

ビリー・アイリッシュ『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』

 弱冠18歳のビリー・アイリッシュが最優秀レコード賞、アルバム賞、楽曲賞、新人賞の主要4部門をさらい、圧倒的な支持率の高さを見せつけた『第62回グラミー賞』。彼女だけでなく、今年目立ったアーティストの顔ぶれをチェックして、「あれ、若いな」と思ったのは私だけだろうか。若くて当たり前の新人賞はおいて、主要部門にノミネートされたアーティストがずいぶん若かったのだ。13組中7組が10代か20代、それも26歳のアリアナ・グランデが最年長。あとは30代のアーティストが多く、61歳の大御所カントリーシンガー、タンヤ・タッカーが逆に目立つほど。若年層のテレビ離れを意識した、と取るのは穿ちすぎだろうけど、半世紀以上も続いて、どうしても保守的になってしまったグラミー賞の選考委員たちがバランスを取ろうとしているのなら、いい傾向だと思う。

 「保守」や「権威」は本来、ポピュラー音楽の対極にあるものだ。多くのアーティストは、世間が期待する「ふつう」や「多数派」に“否”を突きつけるためにマイクを取る。「もっとも権威のある音楽アワード」という定義自体が矛盾を孕んでいるから、参加する側も視聴する側もなにかしら齟齬が残る。音楽にたくさんの時間やお金を注ぎ込んでいて、「今年のグラミー賞、完全納得、最高!」と言う人に私は出会ったことがない。日本でも、アメリカでも。私自身も含めて。

 なぜ、こんな「そもそも論」を展開しているかというと、この前提を踏まえると今年のグラミー賞でなにが起きたか、すっきり理解できるからだ。なぜ、ビリーは最後の大賞を獲った直後に困惑した顔を見せたのか。なぜ、タイラー・ザ・クリエイターは感涙を流すお母さんと壇上に上がったときは謙虚なスピーチをしたのに、バックステージでは苦言を呈したのか。

 とりあえず、全体のムードとハイライトを振り返ってみたい。2020年代最初のグラミー受賞式だったが、2012年にホィットニー・ヒューストンが薬物の過剰摂取で命を落としたときの悪夢が、またロサンゼルスを襲ってしまった。元LAレイカーズで活躍したバスケットボール界のスーパースター、コービー・ブライアントが13歳だった長女ジアナさんとヘリコプターの墜落事故で亡くなったのだ。そこまでコービーを知らないという人のために強引にたとえてみると、長いこと巨人の4番を打っていた国民的選手が引退して4年、41歳の若さで事故死した数時間後に、彼がもっとも活躍した東京ドームで生中継の音楽フェスを催さないといけないような状況、だ。オープニングアクトのリゾが「コービーのための夜です!(Tonight is for Kobe!)」と初っ端で宣言したように、年に一度の音楽の祭典を盛り上げつつ、無理やり明るくしないことでアメリカ人の心情に沿う内容にしたのは正解だった。ただ、毎年あるトリビュート枠が多めだったうえ、なぜか女性アーティストがこぞって哀しいバラードを歌ったため、必要以上に湿っぽくなってしまったように思う。

 個人的に興味深かったパフォーマンスを、キーワードとともに解説しよう。

名曲の底力〜AerosmithとRun-D.M.C.

 この日、ロックの頂点に立つAerosmithは絶好調とは言い難かった。出だしの「Living On the Edge」はバラバラ。それを救ったのは、ヒップホップのパイオニア、Run-D.M.C.との「Walk This Way」。故ジャム・マスター・J(ジェイソン・ミゼル)の代わりを務めたDJのスクラッチは悪目立ちしていたが、Run(ジョセフ・シモンズ)とD.M.C(ダリル・マクダニエルズ)のふたりが安定したラップを聴かせた途端、客席は細いことを忘れて大盛り上がり大会になった。何度聴いても、どこで聴いても鉄板の曲の底力を見た。

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