ビリー・アイリッシュはなぜ『007』主題歌に? シリーズの変遷と歌詞から、その歴史的意義を紐解く

『007』シリーズ主題歌の変遷と、ビリー・アイリッシュ起用の理由 

 音楽に話を戻そう。歌詞のある主題歌で、初めてイギリスとアメリカのチャートに入ったのは、ポール・マッカートニー& ウイングスの「Live and Let Die」(1973年『007 /死ぬのは奴らだ』)。ボンドがショーン・コネリーからロジャー・ムーアに交代した最初の作品であり、クライマックスの対決シーンなどがジャマイカだったため、ポールは曲の展開に丁寧にレゲエを挟んでいる。1977年にフォークシンガー、カーリー・サイモンの「Nobody Does It Better(私を愛したスパイ)」はビルボードチャート2位、1981年シーナ・イーストンの「For Your Eyes Only」も2位を記録しただけでなく、アカデミー歌曲賞にノミネートされている。80年代、プロモーションビデオを延々と流して人気を博したMTV全盛期に入ると、映画に沿った主題歌や挿入歌に、映画のシーンとアーティストの登場場面を織り交ぜたビデオは強力なプロモーションツールになる。『007』シリーズも、それまでと趣向を変え、イギリスのニューロマンティックブームで大人気だったDuran Duranを起用する。その「A View to a Kill」(『007 /美しき獲物たち』)が大ヒット。Duran Duranが曲を作り、オリジナルのテーマ曲を作ったジョン・バリーがそれをアレンジしている。60人ものオーケストラの演奏を入れた壮大なスケール感があり、『007』の主題歌として唯一、ビルボードチャートの1位に輝いた。ビデオでは、57歳だったボンド役のロジャー・ムーアより、明らかにDuran Duranのメンバーがビジュアルで勝ってしまうという珍しい事態が起きたが、彼らが殺し屋に扮してエッフェル塔で暴れるビデオは、当時の日本でも大人気だった。かくいう私も子どもの頃は彼らの大ファンだったので、数少ない洋楽番組で放映されるのを心待ちにしていた。曲もビデオも今でも十二分にかっこいいので、興味を持った方はぜひチェックしてほしい。

ポール・マッカートニー& ウイングス「Live and Let Die」
シーナ・イーストン「For Your Eyes Only」
カーリー・サイモン「Nobody Does It Better」
Duran Duran – A View To A Kill

 そろそろ、主役のビリー・アイリッシュに話を戻そう。主題歌には映画の宣伝の一部として、それなりに予算をかけられるが、マドンナの「Die Another Day」(2002年の同名映画)といった失敗作もある。ジャック・ホワイトとアリシア・キーズの「Another Way to Die」(2008年『007/慰めの報酬』)のように曲としては面白いが、主題歌にはしっくりこないケースもある。しかし、だ。2012年のアデル「Skyfall」(同名映画)と、2015年サム・スミス「Writing’s on the Wall」(『007 /スペクター』)は、2作続けてアカデミー歌曲賞とゴールデン・グローブ主題歌賞を受賞した。「Skyfall」は、ヨーロッパを中心に11ヵ国のチェートで1位を獲得した上、イギリスで最も権威のあるブリット・アワーズでも最優秀ブリティッシュ・シングル賞を受賞し、アデルの代表曲のひとつになった。2013年のアカデミー賞授賞式で初めてパフォーマンスして、その夜のハイライトになったのは覚えている人も多いのではないか。どちらもイギリスのトップシンガーによる荘厳なバラードで、『007』シリーズのイメージにぴったり。つまり、この前2作のおかげで、今作の主題歌は最初からハードルが上がっていたわけだ。

Madonna – Die Another Day (Official Music Video)
Alicia Keys & Jack White – Another Way To Die [Official Video]
Adele – Skyfall (Lyric Video)
Sam Smith – Writing’s On The Wall (from Spectre) (Official Video)

 しかし、今回もまた、ビリー・アイリッシュは怯まなかった(こうなってくると、彼女自身がスーパーヒーローみたいだ)。アメリカのシンガーが主題歌を担当したのは過去にも多くの例があるし、アイルランドとスコットランドの血を引くビリーは適任とも言える。「アイリッシュ」が本名のミドルネームであるのは有名な話だが、ラストネームの「オコンネル」もアイルランド(アイリッシュ)系の名前だ。『007』のサントラにビリーが起用されるニュースが入ってきたとき、映画制作会社が一番ホットな若手アーティストに白羽の矢を立てた、とほとんどの人が察したと思う(私もそうだ)。ところが、さにあらず。『007』の主題歌を手がけるのは、ビリーと兄のフィネアスがどうしてもやりたいプロジェクトで、彼女たちからアプローチしたという。ちょっと出来すぎな話だけれども、オコンネル兄妹にとって、祖先に敬意を払うようなプロジェクトであったのは事実だろう。トントン拍子に話がまとまったのはいいが、肝心の曲作りでいわゆる「ライターズ・ブロック」にビリーがかかり、行き詰まってしまったそう。「ライターズ・ブロック」は、文章を書くことを生業にしている人が避けられないスランプのこと。18歳の天才でも直面するのか、と少し親近感が沸くエピソードだ。そのスランプを、フィネアスが過去の『007』の曲を徹底的に研究し、ビリーはビリーで、主演のダニエル・クレイグをイメージして乗り越えたという。



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