女王蜂を取り巻く熱狂はなぜ加速しているのか? 『十』と新作『BL』で洗練された音楽性

女王蜂を取り巻く熱狂はなぜ加速しているのか

 女王蜂が、新作アルバム『BL』をリリースする。iTunesチャートで1位、オリコン週間合算チャートでも4位を記録した前作『十』から、約9カ月というスパンでのリリースとなる。僕はボーカルのアヴちゃんと取材の現場で何度か対面した経験があるが、『十』と『BL』、この2作は「まるで、アヴちゃんそのもののようだ」と思う。指先まで研ぎ澄まされた姿形の美しさ、饒舌さ、速度、多声性。熱さと冷たさと、そのふたつが混ざったときに生まれる温かさ。「神は細部に宿る」と言うが、この音楽の細部に、彼女がいる(アヴちゃんは神ではないが)。ディティール、ディティール、ディティール。音楽も生活も、大切なのはディティールだ。この音楽のディティールにはアヴちゃんという人間が間違いなく宿っているし、そのディティールの結晶体こそが、女王蜂と言える。

 最初にわざわざ『十』のチャートアクションを書いたのは、女王蜂が「売れている」ということを、今さらでもいいから強調したかったからだ。2019年11月から2020年2月まで開催されたホールツアーでは、バンド史上最大動員数を記録し、2020年4月には幕張メッセイベントホールでの2days単独公演を控えている。バンドを取り巻く熱狂は加速しているし、その熱はより広い世界に伝播している。

 例えば前作『十』を振り返ってみても、多くの収録曲にタイアップがついていた。「聖戦」は映画『貞子』主題歌、「火炎」はアニメ『どろろ』のオープニングテーマ、「HALF」はアニメ『東京喰種:re』のエンディングテーマ、そして「Introduction」は映画『東京喰種 トーキョーグール【S】』主題歌。新作『BL』に関しても、タイトルトラック「BL」は、ドラマ『10の秘密』(フジテレビ系)のオープニングテーマに起用されている。もっと言えば、近年はアヴちゃんが舞台『ロッキー・ホラー・ショー』や『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』に出演したことも記憶に新しい。その広範囲にわたる活動によって、今は女王蜂というバンドの詳細を知らなくても、その音楽は耳にしたことがある人や、アヴちゃんの存在は認識している人も、きっと多くいることだろう。

 何故、こんなにも様々な世界を横断し、巻き込んでいけるのか?ーーその問いに対してはアヴちゃんのインタビューにおけるこんな発言が、端的に、明晰に応えている。

「私もドン・キホーテに行くしアニメイトも行くしギャルいし、「イェ~」って言いながらプリクラも撮る」(2018年5月17日「SPICE」掲載、シングル『HALF』リリース時のインタビューより)

 この、あっけらかんとした越境性よ。僕が2017年のアルバム『Q』リリース時に話を聞いたときには「ヴィレヴァンにいる子にも、ドンキにいる子にもわかってほしい」とも言っていたが、こうした発言は、別にアヴちゃんが自分の多趣味さをひけらかしているわけではない。「人間ってそういうものでしょ?」と言っているのだ。どんな場所に行こうが、どんな人と出会おうが、人はひとりで生まれてひとりで死ぬのであって、その孤独な“自分自身”を手放すことはできない、ということだ。その事実に対する真っ直ぐな覚悟が、女王蜂に、アヴちゃんに、軽やかな越境精神を与えている。新しい何かに出会ったとき、あるいは、自分のなかで相反する感情が衝突する様を見たとき。そこで生まれる“軋み”が、その人をその人たらしめる。だからどんな場所で鳴ろうと、むしろ、どんな場所でも鳴るからこそ、女王蜂は女王蜂であることを失わない。

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