歌詞における“クリープハイプみ”を構成する要素は? 「愛す」や過去楽曲を徹底分析

(3-a)掛詞的技法による意味の置換・物語の発展

 加えて、〈君〉と〈黄身〉、〈そば(側)〉と〈蕎麦〉という2組の同音異義語が使用されている1番Aメロでは、本当は“やっぱり側には君じゃなくちゃ”と伝えたいにもかかわらず、“やっぱり蕎麦には黄身じゃなくちゃ”と誤魔化してしまう一人称のねじれ具合が表現されている。このように、似た発音同士の単語を近くに配置し、流れるように意味を転換、ストーリーを発展させていく手法は、(3)の応用編と言えるだろう。このタイプに分類される表現は、初期曲よりも比較的最近の曲に多く、ソングライティングの成熟が窺える。個人的に印象深かったのは、以下の例にも挙げた「鬼」の1番Aメロ。この部分は、コードは通常通りだがボーカルは変調していて、音の響きが不安定である。それが道筋の見えづらい歌詞とマッチしていて、作曲・編曲の絶妙さに膝を打った。

例:
・あぁもう疲れきって玄関開けたら/束の間の休息 津田沼の六畳間で/愛しいあの子 つまりは未来の妻(「鬼」)

クリープハイプ「鬼」

・この度はどうも 末長くどうか/誰かの糸で ぎこちないお辞儀/この旅はどうも 雲行き怪しい/誰かの意図で やるせない動き(「イト」)

クリープハイプ「イト」

(3-b)独自の単語の創造

 そして(3-a)の進化形として、今回尾崎は、既存の単語と同じ読み方をする独自の単語を創造した。それが曲名にある「愛す」と書いて“ブス”と読む語である。この単語は、たった2文字で(1)で紹介したような“クリープハイプみ”を表現してしまう、非常に優れたものである。このタイトルは「愛す」という曲における最大の発明といえるだろう。

 最後に、「愛す」には登場しないものの、他の曲では多く見られる要素を3点挙げたい。

(4)自分の心情・境遇は珍しいものではなく、ありふれているという自覚

例:
・こうやってエイトビートに乗ってしまう/ありきたりな感情が恥ずかしい(「手」)

クリープハイプ「手」

・それはもう典型的な失って初めて気づく系の/ありふれた気持ちでわかりやすくてごめんね(「ただ」)

クリープハイプ「ただ」

(5)とはいえ簡単に他人に言い表されてたまるか、という気持ち

例:
・オリコン初登場7位その瞬間にあのバンドは終わった/だってあたしのこの気持ちは絶対シングルカット出来ないし(「社会の窓」)

クリープハイプ「社会の窓」

・一言で言えば「一言で言えない」(「本当」)

クリープハイプ「本当」

(6)タイトルに掲げたモチーフに因んだ言い回し

例:
・君が嘘をつく次の日は決まって変な寝癖が/無造作なんて都合の良い言葉では誤魔化せない位凄いのが/あたしはいつでもそれに気付いてない振りをして/癖っ毛で情けない言う事聞かない自分の気持ちを誤魔化す(「寝癖」)

クリープハイプ「寝癖」

・この気持ちは一番搾りでも 君はいつもスーパードライで/あっという間にすっかり抜けきって ただの苦い水になった(「5%」)

クリープハイプ「5%」

 今回ピックアップしたのは、バンドがこれまでに発表した曲のうちのごく一部である。また、便宜上、各曲の中から印象的なフレーズを抜き出す方式を採ったため、残念ながら曲全体の構築の秀逸さについては言及することができなかった。この記事をきっかけに、あなたの思う“クリープハイプみ”を考えてもらえたら、そうしてこのバンドの魅力を再発見してもらえたら心から嬉しい。

■蜂須賀ちなみ
1992年生まれ。横浜市出身。学生時代に「音楽と人」へ寄稿したことをきっかけに、フリーランスのライターとして活動を開始。「リアルサウンド」「ROCKIN’ON JAPAN」「Skream!」「SPICE」などで執筆中。

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