椎名林檎、全楽曲に一貫した“らしさ”とは何なのか 歌謡曲的メロディとボーカルに効いたコンプ感を分析
椎名林檎が初のベストアルバム『ニュートンの林檎 ~初めてのベスト盤~』を11月13日にリリースした。キャリア20年にして初となるベスト盤には新曲2曲を含む全28曲が収められ、既発曲に関してはすべて時系列順に収録されている。彼女の足跡を手軽に総括できるという意味で、古くからのファンにも新規リスナーにもうれしいリリースだ。
この機会に改めてこれまでの作品を振り返りつつ、椎名林檎というアーティストの魅力がどこにあるのかを紐解いてみたい。
『無罪モラトリアム』〜『三毒史』のアレンジ変化
1stアルバム『無罪モラトリアム』(1999年)および2ndアルバム『勝訴ストリップ』(2000年)は、わかりやすくオルタナティブロックサウンドに統一されていた。そこに極めて歌謡曲的な歌メロが乗る異物感と説得力、ブレス音を歌唱の一部に取り入れる斬新な手法など、さまざまな新機軸を提示した。J-POPシーンと邦楽ロックシーンという、隣り合わせていながら互いに相容れないところのあった2つの勢力に大きな衝撃を与え、どちらにとっても異質な存在感を放ちながら強い影響力を持つに至った。
サウンド的にはキャリアの中でも異彩を放つ3rdアルバム『加爾基 精液 栗ノ花』(2003年)は、多重録音を駆使した非常にパーソナルな手触りの作品だった。前2作で強調されていた初期衝動的でラディカルなバンドグルーヴは徹底的に排除され、アナログシンセや管弦楽器、民族楽器などを積極的に取り入れた作家性の高い1枚になっている。コラージュ感の強いDTM的な側面も持っており、前2作ほどのインパクトはないかもしれないが、むしろ時代を超えうる普遍的な強度を持つ作品だ。
2004年には東京事変と名乗るバンドを結成し、幾分肩の力が抜けた(ように見える)創作活動へとシフトする。バンドにおいてももちろん彼女の類いまれなソングライティング能力とボーカル力は健在だったが、本人の意向もあって次第にバンドメンバーの個性が色濃く反映される集団となっていった。また、バンド活動と並行して2007年には斎藤ネコとの共同名義でアルバム『平成風俗』を発表。既発曲をフルオーケストラアレンジに一新した楽曲などが収められ、のちのビッグバンドジャズ路線にも通じるムードがすでに形成されている。
2009年にはソロ名義のアルバム『三文ゴシップ』もリリース。バンドサウンドをベースとしながらも演奏フォーカスではなく楽曲を中心に据えた作品作りへと回帰し、管や弦をフィーチャーしたゴージャスなサウンドメイクも積極的に行っている。2012年に東京事変が解散すると、作風は加速度的に自由度を増し、『日出処』(2014年)および『三毒史』(2019年)といった近年の作品では、もはや「こういった傾向の音を持つアーティストです」と一口では言えないほどに幅広い音楽性を血肉化して表現するようになった。