アルバム『マリアンヌの奥儀』インタビュー
キノコホテル マリアンヌ東雲が語る、島崎貴光と追求した踊れる音楽「自分といちばん向きあった」
自分自身が開けてきた
ーーそういった制作で完成した『マリアンヌの奥義』ですが、一聴してまずアレンジへの深いこだわりを感じましたし、ゴージャスかつエレガントでもあり、それでいてパンクっぽい作品だなと感じました。
東雲:なかなかそういう対極の要素が同居する作品はないと思うんです。混じり合わないであろう要素で難なく遊べてしまうところが、我ながらキノコホテルを気に入っている部分でもありますね。
ーーそういうキノコホテルというものが明快となった作品だと思います。そして踊れるキノコホテルというテーマもありますが、それは現在、2000年代のバンドたちの“踊れる”というのともまたちがった解釈がありそうですね。
東雲:1曲くらいパロディでバカにした感じで作ってもよかったなと一瞬思いましたけどね(笑)。リズムとかも定型がありますもんね。変拍子からサビで突然ディスコビートになっていくみたいな。
ーー敢えてそういう定型は使わないという?
東雲:忘れてました(笑)。私は完全にダンスミュージックというものの捉え方が違っていましたね。島崎さんは、どちらかというと今時の要素を盛り込もうとしてくれた部分はあったので、その両方のおいしいところ採りをしている感じですね。
ーーその踊れる曲が、リードトラックとなった「ヌード」です。パンク的な匂いも歌謡的な匂いもあり、そして妖しい香りも漂いと、いろんなものが折衷されたダンスミュージックになりました。
東雲:まさにこの「ヌード」が、島崎さんがいうところのダンスミュージックを自分なりに提示してみた曲ですね。この曲を聴いて、はじめはいろんな意味でびっくりする方が多いんじゃないかと思うんですが、聴けば聴くほどキノコホテルの音として腑に落ちていく、そんな楽曲ではないかと。
ーーアレンジをしていくなかでは、かなり駆け引きはあったんですか。
東雲:そもそものデモは私がすべて打ち込みで作るんですが、デモの時点でアレンジの方向性はほぼできあがっていました。なので、この楽曲についてはアレンジよりむしろ構成を練る上でのアドバイスをかなり島崎さんから頂きました。最初はサビ部分が今ひとつ盛り上がりに欠ける進行だったんですね。AメロBメロと進んで盛り上がるべきところでまた進行がAに戻ってしまう流れでした。結構それは私の手癖というか、ついついやりがちなパターンで。そこで島崎さんが、「これ、かっこいいんだからサビでもっと盛り上がったらいいのに」と。「転調とかはお好きじゃないの?」というので、転調か……と思いながら、闇雲に転調させたものを送ったら、すごく褒めてくれて。じゃあこれでいこうと。なんなら、リード曲にする予定もなかったんですが、結果的にこれでいいじゃないかという話になって。
ーー新しさが伝わるという意味合いでも、今作のなかでいちばん鮮烈に飛び込んでくる曲ですしね。かなり強靭なグルーヴのある曲ですが、レコーディングについてはすんなりといったんですか。
東雲:「ヌード」に関しては、わりと早い段階で3人にデモを聴いてもらって、練習をしてもらっていたんです。ベースのジュリエッタ(霧島)さんとかは、すごく気に入ってくれていましたね。スタジオでリズム隊を録っていたときに、すごくいいなという話になったんです。今回はエンジニアの方が普段はドラマーでもあるので、スネアのチューニングから何からいろんなことを助言してくれて。ファビエンヌ(猪苗代)さんにも、とにかくタイトに叩いてくれと話して。それでリズム隊が決まったときに、これをリードにしようっていうのがスタジオで決まったんですよね。
ーーそれくらいハマりの良さがあったんですね。
東雲:おお!っていうのはありました。
ーーそういうスタジオの高揚感は、大事ですね。
東雲:なかなか、ないことなんです。過去作は淡々と作業していたので、それがよかったですね。
ーー今回はそういうことがより多い感じもしますね。レコーディングでのマジックが曲の高揚感や密度にもつながっていて。なので、オープニング曲の「天窓」からリスナーとしては、いろんな魔法をかけられていく感覚がありました。
東雲:1曲目の「天窓」はイントロのチェンバロのフレーズを最初に思いついて、順を追って書いていった曲ですね。普段はイントロは最後につけたり、つけなかったりするんですが、この曲はたしかある日イントロを思いついて、ここから何を続けていこうかと順を追って考えていった曲で。自分のやり方としては珍しい曲ですね。
ーーそれだけに発想がどんどん繋がって、ラストはプログレッシブな展開をしていく曲になったんですね。
東雲:そういうところがいかにもキノコホテルっぽいですね。島崎さんには長いと言われたんですけど(笑)。とりあえずこれくらいはやらせてくれとお話しまして。
ーーまた変わったところでは、「東京百怪」がかなりシュールな曲です。
東雲:これね(笑)。4年くらい前から原型はあった曲で、その構成を変えて、サビで出てくる部分は、最初の段階ではいわゆるコーダのような、最後に一度だけ出てくるもので、それまでは淡々と同じリフレインが続いていく曲だったんです。これも島崎さんの助言で、「何でこれ最後にしか出てこないの? もったいない」って話になって。このパートが多発することでポップになりすぎやしないかと危惧していたんですけど、逆にこの曲はポップでいいのかもなと。ニューウェーブっぽい感じもするし、いわゆるただポップなだけの曲でもない、結果的にはいい仕上がりになりました。
ーーかと思えば「愛の泡」のような都会的なエッセンスが効いた新たな歌謡性を感じる曲もあります。
東雲:この曲では生でブラスが入っているんですが、それもキノコホテルとしては新しい試みですね。曲ができてくるに従って、このアルバムにあと足りないものは何だろうかとか、曲作りの後半はそういう目線になってくるんです。それがいいか悪いかはありますけどね。そのなかで、「愛の泡」というのは元祖キノコホテルがアップデートされた曲でもあるんです。ベタっぽい歌謡的な面もあり、ゴージャスさもありという。こういう曲を1曲入れてもいいかなという感じで、レコーディングがわりと目前に迫ってから思いついて書いた曲でしたね。
ーー自然とアップデートもできていたんですね。
東雲:これも島崎さんとの作業を詰めていくなかで、今までのキノコホテル風ではあるんだけれども、確実にアップデートしているものを何曲か入れたいなという思いがあって。
ーー今振り返ったとき、今回の制作でこういうところを引き出されていたんだなと気づくことはありますか。
東雲:サビは潔くサビらしくするとかですかね。そういうことを避けがちだったんです。これは私がひねくれているからなのか、先ほどの「ヌード」の初期版の話ではないですが、Aメロ、Bメロときて、次にいいサビをつければいいのに、しかもいいサビをいくらでもつけられるのに、それをやらないでAメロに戻っちゃうとか(笑)。そういうことばかりやってきたんですけど。島崎さんは、「そこは全然怖がらないほうがいい」と言ってくれて。そうですね、サビだもんねと。自分で決めつけていたところを取り払うことで、曲に対して自由になれる、考え方ひとつでこうも変わるんだなというのは、島崎さんと話したことで、自分自身が開けてきた部分でしたね。
ーーだいぶ、ひねくれていたんですね。
東雲:王道にいけばいいのにっていう。居心地が悪いというか、いい曲になりすぎて恥ずかしいというおかしな話なんですけどね。いい曲作れば、もっと売れていたかもしれないのに(笑)。
ーー今回はそこにしっかり踏み込んだということですね。美メロの曲も多くありますが、なかでもとても退廃的で美しい曲が「レクイエム」です。これは、セルジュ・ゲンズブールの「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」をやってみたかったそうですね。
東雲:はい、「ジュテーム」を絶望的にしてみたっていう(笑)。「ジュテーム」は、ただ男女がいちゃついてるだけの歌じゃないですか。あれを真逆の方向に持っていきたいなっていうイメージでした。この曲は、最後のフェードアウトはなんなんだっていう話をよくされますけどね。あれは、もう少し聴きたかったのになという寸前で突き落とすみたいな。わざとやっている感じです。
ーーはい(笑)。唐突な感じもあり、驚きますね。でもこのアルバムだからこそハマる曲だなとも思います。
東雲:冒頭からキノコホテルの新しい挑戦が続いて、若干面食らっているところにこの曲ですからね。ここでさらにフェードアウトに面食らってという(笑)。
ーーさらに、アルバム後半もその驚きの連続です(笑)。「華麗なる追撃」の振り切った疾走感もまたぐっと熱くなるものがある。この疾走感、グルーヴ感は今のバンド感があるからこその曲でもありますね。
東雲:バンドとして積み上げてきたものがうまく結実した感じがありますね。今回はもともと自分が用意しておいたデモも作り込んで仮歌も入れた状態で、そのデータを活用しながらリズム隊を録っていったんです。今まで思いつかなかった方法を今回ようやく採り入れた事でリズム隊のふたりものってくれたというか。
ーーリズム隊も、曲の全景が見える状態でのレコーディングだったんですね。
東雲:そうですね。過去作ではリズム隊はリズム隊だけで録っていたので、彼女たちは自分たちの音だけで、他のプレイバックが何もない状態で録っていたんです。仮歌を入れてほしいって言われても、そんな気分じゃない、なんてゴネたりして。なんて最悪なリーダーなんでしょう(笑)。今回は効率よく、気持ち良くやろうじゃないかと。それも島崎さんの提案のおかげですね。だからリズム隊もすごくのっていて。この手法じゃないと、きっと録れなかったですね。
ーー今回のタイトルにある奥儀、キノコホテルの奥儀とは改めてどんなものだと言えますか。
東雲:何でしょうね(笑)。奥儀というか、今回は自分のことが非常によくわかる制作過程でしたね。それくらい、自分といちばん向きあった作品だと思います。あとは、聴く方が妄想を膨らませてくださったらそれで満足なのかも知れません。
■リリース情報
『マリアンヌの奥儀』
発売:2019年6月26日(水)
価格:¥3,200(税抜)
【収録曲】
<CD>
01.天窓
02.ヌード
03.愛の泡
04.東京百怪
05.レクイエム
06.雪待エレジィ
07.華麗なる追撃
08.茸大迷宮ノ悪夢
09.女と女は回転木馬
10.秘密諜報員出動セヨ
<DVD>
PV「ヌード」+メイキング
■ライブ情報
『キノコホテル・アルバム発売記念ツアー
<サロン・ド・キノコ~奥儀大回転>』
7月6日(土)大阪・梅田Shangri-La
7月13日(土)福岡・BEAT STATION
7月14日(日)大分・別府 Copper Ravens
8月4日(日)宮城・仙台FLYING SON
8月30日(金)愛知・名古屋クラブクアトロ
8月31日(土)広島クラブクアトロ
『キノコホテル・アルバム発売記念ツアー
<サロン・ド・キノコ~奥儀大回転vs首振りDolls~PSYCHO SHOCK!!>』
7月15日(月・祝)北九州・小倉FUSE
『キノコホテル単独実演会
<サロン・ド・キノコ~奥儀大回転>』
9月13日(金)東京キネマ倶楽部
9月21日(土)大阪・味園ユニバース