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『作詞のことば 作詞家どうし、話してみたら』インタビュー

岩里祐穂が語る、5人の作詞家との対話から得た発見「詞は一面ではなくいろいろな側面を持っている」

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書き続けていくためには変化していく必要がある

――このトークセッションを通じて岩里さん自身の作詞術にも変化があったのでしょうか。

岩里:ありましたね。私は遅筆で有名なんですけど(笑)、松井さんは「(1曲の歌詞を)2時間で書く」ことを自分に課してらっしゃっていて、それ用の1時間砂時計をいただいたんですね。そこで私も試してみたんですけど全然無理でした(笑)。でも、対談でおっしゃっていた「1番が出来たら貼り付ける」という松井方式は、客観的に全体を見渡せるし、同じ種類の言葉やパターンを繰り返すことによって型が生まれ、歌詞がロックっぽくなることに気づきました。でも結局、私は壊したくなるタイプなので、自分流の書き方に戻してしまいましたが(笑)。

――作詞のような創作活動には、絶対的に正しいやり方は存在しないですものね。岩里さんも仕事を重ねていく中で自分のやり方を磨き上げてきたわけでしょうし。

岩里:そうですね。私には私のやり方があるんですけど、書き続けていくためには変化していく必要があるんですね。自分も時代を感じながらいろいろとリニューアルしてきたわけですけど、私が歌詞を書く時に重要だと思っている譜割りにしても今は変化していて。ラップも昔は言葉をぎゅうぎゅうに詰め込んでたのが、今はKOHHさんみたいにまったりした乗せ方が主流になっているじゃないですか。今の若い人の音楽を聴くと「すごい!」と気づかされますし、そうやって自分を更新し続けながら、「岩里はどうあるべきか」ということを常に考え、感じながら私はやってきたんですね。ただ、今回雪之丞さんや松井さんとお話したことで、私が大事だと思ってたこととは違うやり方で時代を超えてきた人がいることに気づかされました。

 自分が今井美樹さんの曲を書き始めたのは30代の頃だったんですけど、その時は自分が良いと思ったものを何も考えずに出せば、それに共感してくれる人が世の中にたくさんいたような気がするんですよ。でも、長く活動してるとそういう時間はとても短いものなんだということに気づいて。だから「自分=時代」ではないんだけど、根本の感情はいつでも一緒のはずだから、私は自分が感じていることを歌詞として書いてるんです。作詞というのはタイアップでお題をいただくこともあるので、その場合は自分の生活とは全く関係ないことを書くわけですけど、その題材やテーマに共感する部分には私の感情が乗ってるんですね。対談で久美子さんに「真ん中は変わらないじゃない?」と言ったのはそういうことで、そこは10代の頃からさほど変わらない部分だと思うんです。それ以外は時代と気分を答え合わせするみたいな感じで変化させながら私は書き続けてきたんですけど、他の人はどうやって乗り越えてきたのかも、今回のトークセッションで知りたかったことなのかもしれないですね。

――どの方との対談も大変興味深い内容ですが、個人的には森雪之丞さんとの対談で目から鱗がボロボロと落ちました。

岩里:面白かったですよね!? 私もビックリしました。これは対談後記にも書きましたけど、雪之丞さんからはクリエイターとしての戦う姿勢、どう挑戦するべきかという生き様みたいなものを見せられた気がしました。やっぱり彼は詩人なんだと思ったし、「僕ら作詞家は、言葉という楽器で心を奏でるミュージシャンの一人だ」とおっしゃってたのが私はすごくうれしかったんです。いつも自分がどういう役割なのかを考えることがあるんですけど、「私もミュージシャンの一人なんだ」と思えたことがすごくうれしくて、作詞家っていいなあと改めて思いましたね。

――雪之丞さんがご自身の歌詞のことを「グラムとプログレ」と表現されてたのがすごく印象的で、まさに的確な自己分析だと思ったんですね。それで、もし岩里さんがご自身の作詞スタイルを音楽ジャンルに例えるとすれば、どう表現されるのかも気になったのですが。

岩里:みなさんがどう思ってるかはわからないけど、私は自分をオルタナだと思ってます。単純にオルタナ好きということもあるんですけど(笑)、自分の歌詞はすべてオルタナに落とし込んで接点を見出してるんですよ。いろんなキーワードで仕事を頼まれるわけですが、例えば「昭和っぽい感じ」といったキーワードの場合でも、まずオルタナの感性を通して着地点に持っていきます。それは菅野(よう子)さんとの仕事で培った部分でもあって、だから私は真綾ちゃんもオルタナだと思うんですよ。あっ、それと私はパンクも入ってますね。Buono!の曲はラモーンズとかのパンクっぽい部分で書いてたり……でも、ネタがバレちゃうから、私はそれをあまり声を大にして言わないほうがいいかなあと思ってて(笑)。

 でも、雪之丞さんはそれを自分で言い切れるところがすごいですよね。だって私が「自分の歌詞は全部オルタナです」と言ってもみんな「はあ?」ってなるじゃないですか。今井美樹さんの歌詞がオルタナだと言ってもみんなハテナと思うかもしれないけど、でも私の感性はやっぱりオルタナなんですよ。私の場合は結局、自分がどこに属するかよりも、与えられた楽曲をどう理解するか、ということが重要だと思うんですね。だから自分が本当に好きなもの、自分を構成してるものというのは、他の人から見るとわからないかもしれない。それをいろいろとねじって出してるので。

――いま、岩里さんの歌詞の秘密みたいなものに触れられた気がします。先ほど「昭和っぽい感じ」とおっしゃってましたが、JUNNAさんに提供された「火遊び」(2017年のミニアルバム『Vai! Ya! Vai!』収録)は、まさに昭和の歌謡テイストをオルタナの感性を通して表現した曲だと思いますし。

岩里:そうなんですよ。あの曲を聴いた時、大橋純子さんの「シルエット・ロマンス」とか、来生たかおさんが浮かびました。たぶん(作曲者の)コモリタ(ミノル)さんがその辺をイメージして書かれたんだろうなと思ったので、私もその雰囲気を今の平成の視点で書くとどう面白くなるかな? と思って出てきたのが「火遊び」だったんです。

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