1stミニアルバム『ジェニーハイ』インタビュー
ジェニーハイが示す、バンドシーンの指針「意図した範囲に収まっていると限界がある」
川谷絵音(ギター/プロデュース)、中嶋イッキュウ(ボーカル/tricot)、小籔千豊(ドラム)、くっきー(ベース/野性爆弾)、新垣隆(キーボード)による5人組バンド“ジェニーハイ”が1stミニアルバム『ジェニーハイ』をリリースした。先行配信された「片目で異常に恋してる」を含む本作は、川谷の個性的で色彩豊かな楽曲、メンバー個々のセンスと才能を随所に感じられる作品となった。
リアルサウンドでは、川谷、中嶋、小籔、新垣の4人にインタビュー。バンド結成秘話、ミニアルバム『ジェニーハイ』の制作プロセス、川谷のプロデュースワークなどについて語ってもらった。(森朋之)【最終ページにプレゼント応募あり】
バンドがバズる感覚を久々に味わっている
ーージェニーハイには、ロック、ポップス、お笑い、現代音楽など、各分野のタレントが集結。これまでにはなかったタイプのスーパーバンドだと思いますが、もともとは小籔さんがMCをつとめるBSスカパー!『BAZOOKA!!!』の企画で結成されたそうですね。
小籔:はい。『BAZOOKA!!!』のメンバーに、いっきゅうさんとくっきーが入ってくれて。いっきゅうさんはtricotでバリバリやってるし、くっきーも音楽をやっていて、僕もドラムのレッスンを受けてたから、打ち上げの席で番組の総合演出の方が「バンド企画とかやれたらいいですね」と言い出して。最初は「できたらいいっすね」くらいだったんですけど、何回も言ってくれるから「これは本気なんだな」と。でも、僕とくっきーは音楽を本職にしているわけではないし、曲を作ってくれる人とキーボードが必要やなと思ったんです。「ムリやと思いますけど」という感じで名前を挙げさせてもらったのが川谷さんと新垣さんだったんですが、お二人とも快諾してくださって。川谷さんも新垣さんもすごい方やし、騒がせたコンビでもあるじゃないですか。
川谷・新垣:(笑)。
小籔:僕とくっきーがいるバンドだから、ノーマルなミュージシャンじゃないほうがいいかなと(笑)、才能はもちろん、話題性もあったほうがいいと思ったんですよね。この5人が揃ったときは「おもしろいことができそうやな」と思ったし、そもそも川谷さんと新垣さんがこの話を受けてくれたこと自体、笑けるなと(笑)。でも、まさかここまで本格的にやるとは思ってなかったですね。
中嶋:そうですね(笑)。もともとは『BAZOOKA!!!』をより多くの人に知ってほしいという目的で始まったんですけど、すでにその目標を大きく超えてる感じもあって。
ーー新垣さんは、このバンドに誘われたときにどう感じましたか?
新垣:(ゴーストライターの)騒動の後、いちばん最初に「番組に出ませんか」と声を掛けてくれたのがBAZOOKA!!さんだったんです。その後も何度か『BAZOOKA!!!』に出させてもらったり、『コヤブソニック』にも出演させていただいて。バンドに誘ってもらったときも嬉しかったし、すぐに「やります」とお答えしました。どういう形になるかはわからなかったですけどね。
ーー川谷さんとしては、当初、どんなバンドにしていこうと思っていたんでしょうか?
川谷:最初はぜんぜんわからなかったんです。最初に発表したのは「片目で異常に恋してる」だったんですけど、そのときもまだわからなくて。ミニアルバム(『ジェニーハイ』)をリリースして、やっと見えてきた感じですね。6曲ともまったく違うタイプの曲なんですが、それは試験的にやってるところもあるんですよ。どの曲に反応があるのか分析しているというか。
小籔:そうなんですか?
川谷:はい。これは“ミュージシャンあるある”だと思うんですが、ずっと作り続けているうちに、自分がやりたいことと世間から求められることがズレてくることがあって。「片目で異常に恋してる」よりも「ランデブーに逃避行」のほうが反応が強かったり。そういう状況を見ながら、バランスを取り戻してるところですね。「ジェニーハイのテーマ」(メンバー5人がラップを披露するヒップホップチューン)なんてふざけて作ったんだけど(笑)、YouTubeの再生回数がすごい勢いで増えていて、「普通に曲として聴かれてるんだな」と思ったり。
ーーめちゃくちゃカッコいいトラックですからね。
小籔:インストとして出したほうが売れたかもしれないですね(笑)。
川谷:イッキュウなんて、ラップのなかで3サイズを言わされてるし。
小籔:身長と体重も言ってますよね。“(仮)”ですけど。
中嶋:(笑)。たくさん聴かれてるみたいなので、よかったです。
川谷:そういう意外な反応があるのがおもしろいんですよね。ゲスの極み乙女。の『ドレスの脱ぎ方』(2013年リリースの1stミニアルバム)は最初1200枚しか売れなかったんです。そこから少しずつ広がって、最終的には3万5000枚までいった。そういう広がり方を感じてますね、今回も。ジェニーハイのメンバーは有名な人ばかりだし、5年前のゲスの極み乙女。と単純な比較はできないけど、バンドがバズる感覚を久々に味わっているというか。自分が意図していないところで広がるほうがいいんですよ。意図した範囲に収まっていると、どうしても限界があるので。
ーーなるほど。楽曲のアレンジはどうやって作ってるんですか?
川谷:基本的には全部僕が作っています。ただ、ミニアルバムの制作はめちゃくちゃ大変だったんですよ。「片目で異常に恋してる」「ジェニーハイのテーマ」以外の4曲は1日で作ったんです。曲を書いて、アレンジして、できたらすぐにレコーディングして。大変すぎて、帯状疱疹になって……。
新垣:1日4曲は考えられないですから。
小籔:しかも、すべてタイプが違う曲ですからね。
川谷:頭がおかしくなりそうでした(笑)。「ランデブーに逃避行」の歌詞なんて、めっちゃ疲れた感じになってますからね。「もう寝たい」みたいな。
小籔:そのときの心の叫びなんですね(笑)。
川谷:そうですね(笑)。勝手にどん底に落ちてただけなんですけど、そういう歌詞だからこそ共感してもらえてるのかなと。時間をかけて作ればいいというものではないし、今回みたいな作り方もたまにはいいかも。
小籔:体は大切にしてほしいですけどね(笑)。
ーー川谷さんが作っているので、どの曲も演奏の難易度はかなり高いですよね。
小籔:そうですね。「片目〜」のデモ音源をもらって、ドラムの先生に「この曲をやることになったので」と聴いてもらったんですよ。その間、僕はトイレに行ってたんですけど、戻ってきたら先生の顔がちょっと青ざめていて、「川谷さん、容赦ないですね。芸人さんにこんな曲を演奏させます?」と。「これまでと同じ練習では追いつかないですね」と言われて、レッスンのペースを上げたんですよ。
川谷:その前に「私以外私じゃないの」の演奏を聴かせてもらったんですよ。だから「あの曲に入っている技術は使っていいんだな」と思って。
新垣:しっかり演奏できてましたからね。
川谷:そうなんですよ。「私以外私じゃないの」を共通言語にして、あのラインを超えなければ大丈夫だろうと。
小籔:コピーバンドでいろんな曲をやってたんですけど、「私以外〜」は3段階くらい難しくて。最後まで叩けるようになるまでに半年くらいかかってるし、正直、「この曲はやめます」と言いそうになったこともあって(笑)。「片目〜」もかなり時間がかかったし、いまもできる限りレッスンに行くようにしてます。疲れてるときはメンバーや『BAZOOKA!!!』のスタッフの顔を思い浮かべて、「あの人たちをガッカリさせたくない」と気合いを入れて。それでもダメなときは、スマホで「ジェニーハイのドラムはダメ」みたいなTwitterを集めたフォルダを見て「この投稿をした人たちを見返してやらなあかん」と思うようにしてますね(笑)。
川谷:そんなフォルダ作ってるんですか?(笑)。
ーーイッキュウさんはどうですか? 他の作曲家が書いた曲を歌うことは、ほぼ初めてだと思いますが。
中嶋:そうなんですよ。自分で作った曲しか歌ってこなかったから、他の人が作ったメロディを歌うのはかなり難しくて。川谷さんとのやりとりのなかで気付くこともたくさんあるし、それはtricotにも反映できると思うんですよね。いい経験だなと思いながらやってます。
川谷:「片目〜」のときとは歌い方が違ってるんですよね。「強がりと弱虫」「東京は雨」あたりは声に艶があって、すごくいいなと思います。自分で言うのもアレですけど、僕のメロディはめっちゃ難しいんです。半音移動だったり、よくわからない音の飛び方をすることも多くて、たぶん一握りの人しか歌えない。イッキュウが「歌えません」とドロップアウトしていても誰も文句は言わなかったと思うけど(笑)、どの曲もしっかり歌ってくれて。『ジェニーハイ』は、イッキュウのボーカルありきのアルバムになったし、それがすごく良かったなと。
中嶋:ふだんそんなことを言ってもらえることがないので、嬉しいです(笑)。tricotのときは、まずバンドのアレンジを作って、最後にボーカルを録るんですね。歌うときも“曲を彩る”というテンションなんですが、ジェニーハイは歌をしっかり歌っている感覚があって。
ーーギターを持たず、センターで歌っているのも新鮮です。
中嶋:学ぶことが多いですね、本当に。メンバーがメンバーだし、緊張感を持ちながら、楽しくやらせてもらってます。
小籔:芸人がバンドにいるのもそうだし、川谷さんが真ん中にいないのも、他では見られないですからね。こういうバンドでピアノを弾いている新垣さんも新鮮じゃないですか?
ーー確かに。新垣さんは川谷さんが作るジェニーハイの楽曲をどう捉えていますか?
新垣:みなさんが話していたように、まずメロディが独特ですよね。それに添えるコードもユニークで。ポップスにもパターンや定石がありますが、川谷さんの曲は、そこからちょっとズレる瞬間があるんです。ズラすためにズラしているのではなくて、ちゃんと意図があるのが素晴らしいなと。それは川谷さんの感性、センスそのものだし、それを解析する楽しさもありますね。
川谷:ピアノのフレーズは僕とゲスの極み乙女。のちゃんMARIで考えて、デモはそのままちゃんMARIに弾いてもらっているんですが、新垣さんのピアノはやっぱりすごくて。タッチは優しいのに、ひとつひとつの音がしっかり抜けて聴こえるんですよね。速いテンポでアルペジオを弾くと、どうしても聴こえづらい音が出てくるのが普通なのに、それがまったくなくて。サビの裏で弾いているフレーズも、ミックスで音を上げているわけではないのに、しっかり聴こえるので。
ーー当たり前ですが、ロックやポップスにおけるピアノの上手さとはレベルが違いますよね。
小籔:うん、ホントに。
新垣:大したことないんですけどね……ラップはどうですか?
小籔:そっちは日本一ヘタです(笑)。川谷さんのギターももちろん素晴らしいですし。