『渋谷音楽図鑑』牧村憲一が語る、2017年に繋がる「都市型ポップス」の系譜

牧村憲一が語る「都市型ポップス」の系譜

「知への憧れや技術の練磨を評価するいいチャンスが巡ってきた」

ーーなるほど。牧村さんがプロデューサーとして活躍された70年代から今にかけて、やはり一番音楽に影響を与えたのは、90年代にインターネットが普及したことだと思います。インターネットは「磁場」になり得るんでしょうか?

牧村:一番難しい質問がきたね(笑)。僕らがネットに関わり始めたのは80年代の終わりにニフティサーブという商用ネットが始まった時で、インターネットブームより前なんです。そこは善意の場所でした。音楽のサークルを作ると、本当に音楽好きな人たちが集まってくる。商用ネットをきっかけに、僕はずっと30年近くネットと付き合っているけど、そうやって動いてるうちに商用ネットの中にも、ある種の悪というか、マイナスが出はじめた。その後インターネットが広がり、たとえばNHK Eテレで『schola』という坂本龍一さんがやっている番組があって、放送が始まると、Twitterでは中継も交えてリスナー同士での解説がはじまるんですよ。そうやってコミュニケーションして、一つの番組を中心に音楽論を展開して、面白い流れを生んでいた。ネット自体が善意にあふれたものだった。ところが、それが拡散すると悪意が混ざってくるわけです。

ーーそれはネットの特性の一つというか。

牧村:クローズだったら成立するんだけど、オープンにした瞬間から悪意が混ざってきちゃう。じゃあクローズにしておけばいいじゃないかと考えることもできるけど、クローズってことはお互いに相通じ合う人間たちだから、もともとサークルは作れるわけで、その代わり拡散ができない。沢山の人を引き込みたい、同じような考えの人たちが集まってほしい、あるいはそれを一つの軸にしながら、新たにいろんな人たちが参加してほしいーー閉じ込めるんじゃなくて広げたいのに、今はある種身を守るためには閉じるしかないという、その矛盾するものを、ネットは抱えているのではないでしょうか。インターネットの中に新たなサークルを起こすことは、プラスと同じだけのマイナス面を背負う覚悟があればできる。僕が大事だと思うことは、人格を開放しなくちゃいけないということ。逃げも隠れもしませんと、オープンにして初めて相手が信用してくれる。だからといって相手もオープンになるとは限らないけれど、軸になる人間はごまかしてはいけない。今はリスクもあるけれども、リアリティのあるところに人が集まってくる時代なのではないかと思っています。

ーーなるほど。70年代からずっと音楽シーンを見てきた牧村さんの目には、今の音楽シーンはどう写っているんでしょうか。インターネットとともにMP3やYouTubeが出てきて、今はストリーミングサービスもあり、テレビやラジオといったメディアの価値も変わってきている。さらに、90年代の終わりには日本でもフェスが始まって、今では日本各地に多数のフェスが存在しています。

牧村:僕は起こってることに対していちいちあれはよくないとか昔はよかったなんて全然思わないんですよ。僕らが70年代に若者と呼ばれた時には「おまえらは……」と散々いじられたわけですから(笑)。それで「うるせえ!」と言って続けてきた。僕らが「よし、俺たちは俺たちの時代作ってやるんだ」と思ったように、今の人たちもそう思ってるでしょう? ただ一点、その目線の先を、手短なところで済ませちゃうのか、もう少し頑張ってその先を見たり、あるいはうんと振り返るとか。そこが“知”の世界だと思うし、知るっていうことほど面白いこともないから。わーっとEDMで踊って楽しいというのもあるように、知ることで「うわー! 面白い!」っていうのもあるから、その両方を楽しんだらとは思っていますね。手短で刹那的なもののウエイトがちょっと増えちゃってるから、そうじゃないものもやってみると面白いよね、と。そういう意味では、今まさに新しくシーンを作ってるような人たちが夢中になってるものを、得体の知れないものだと思わないで一緒に学べばいいし、僕たちが夢中になったものも、体験してその面白さを知ろうとしてほしい。その交流がもっと楽になったらいいなと思ってます。

ーーこの本でも1964年の東京オリンピックが、渋谷の街を変えたきっかけになったと書かれています。今まさに2020年に東京オリンピックが迫るなかで、ceroやnever young beachのような都市型ポップスの系譜にあるポップミュージックが注目を集めているという状況は、興味深い現象だと思います。

牧村:先ほども話したように、自分たちが発見したものを体の中に取り入れて、改めて外に出したものはやっぱりオリジナルなんです。そうやって僕らは先人の財産を引き継いできた。一時期握手券みたいなものがはびこる時代もあったけれど、そうじゃない音楽があるんだと、たくましく続けてた人たちがどんどん力をつけてきて、今表に出てきた。そうなると「でも売上は向こうは数十万枚でこっちは一桁少ないじゃないか」って数の話にする人もいるけれども、音楽のエネルギーは“数×志”じゃない? 上ったものは必ず下がる時はくるし、音楽の歴史もそう作られてきた。2017年は、そういう人間の持ってる知への憧れとか、技術の練磨を評価するいいチャンスが巡ってきた年だと思っています。

(取材・文=若田悠希)

『渋谷音楽図鑑』(太田出版)

■書籍情報
『渋谷音楽図鑑』
著者:柴那典、牧村憲一、藤井丈司
価格:2400円+税
発行:太田出版

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