栗本斉の「温故知新 聴き倒しの旅」
山下達郎の冒険作『BIG WAVE』を改めて聴く 趣味性に満ちながら大ヒットした理由とは
ビッグ・アーティストになると、ある程度、何をやっても許されるってこと、ありますよね。「今、売れているんだから、あんなことやこんなことやってしまっても構わないだろ?」なんていいつつ、本道から大きく逸れたトライをしてしまったりして。時に、大失敗して再起できなくなることもあれば、その冒険を糧にその後のキャリアをさらに輝かせるのかは、そのアーティスト次第。いろんなケースがあると思うのですが、長く人気を保っているミュージシャンは、ちょっとトンデモなことも、その人のカラーにしてしまっているような気がします。日本一の音楽職人こと、山下達郎も例外ではありません。
今回紹介する『BIG WAVE』。リリースされたのは、ちょうど30年前の1984年です。当時はまさに人気急上昇中、前年には自身も役員となったレーベル(ムーン・レコーズ)に移籍して初めてのアルバム『MELODIES』を発表して大ヒットを記録しました。CMソングとなった「高気圧ガール」や、毎年のようにチャートに上ってくる季節モノの定番「クリスマス・イブ」を収録した本作は、それまでのキャリアの総決算とでもいうべき内容でした。しかし、続いて発表したこの『BIG WAVE』は、なんとも位置付けが難しい“妙ちきりん”な作品なのです。
まず、この『BIG WAVE』は、同名タイトル映画のサントラなんですよね。サーフィンを題材にしたドキュメンタリー映画の。でも、残念ながら観たことがありません。熱心なタツロー・ファンでも未見の方、多いんじゃないでしょうか。とりたててこの映画についての詳しい話はあまり聞いたことがないし、10年ほど前にDVDも発売されていたようなのですが、現在は廃盤。なので、サントラ盤だけ一人歩きしているような印象があります。
さらに奇妙なのは、アルバム全体が英語詞だということ。もちろん、海外で撮影されたサーフィン映画のサントラなので、洋楽風に作ることが必要だったのでしょうけれど、大ヒット・アルバムの次に英語詞だけのアルバムを出すとはかなり冒険なわけです。普通に考えれば、レコード会社としてはそんなリスクを負いたがらないはずですが、当時は飛ぶ鳥を落とす勢いだっただけに許されたのでしょう。
そして、レコードでいうB面の大半が、彼の敬愛するビーチ・ボーイズのカヴァーソングで占められているというのも、今考えるとあり得ませんでした。84年当時は、ビーチ・ボーイズにとってはいわゆる“落ち目”の時代ですから、マーケティング的に考えるとあまり得策ではないわけです。