石井恵梨子の「ライブを見る、読む、考える」 第11回:Have a Nice Day!

Have a Nice Day!とは一体何なのか? 石井恵梨子が“切実で異様なライブ”について浅見北斗に訊く

 当サイトでも以前から取り上げられていたバンドであり、近年は台風の目とも言われてきた。ただ、私自身は普段ロックをメインに書いている身で、その噂はほとんど聞こえてこなかった。たぶん、ロック/パンクのシーンを前提にして言えば、今もまだ無名に近いバンドなのだと思う。

 5月30日、Have a Nice Day!のワンマンライブを渋谷クアトロで見た。

Have a Nice Day! ハバナイ / Fallin Down LIVE / 2017.05.30

 通称ハバナイ。ドラムス/ギター/シンセサイザー/ボーカル兼サンプラーという4人編成で(以前はボーカル兼ダンサーの強烈キャラがいたが今は不在)、音はいわゆるディスコ・パンク。こう書くとthe telephonesのような音を想像する方もいるだろうが、そこからアタックの強さを差し引き、ロマンティックなシンセの音を増幅させた感じ。アグレッシブな成分は薄く、より煌めいたディスコのフロアへ向かおうとするエレクトロ・サウンドである。軽佻浮薄、つまりチープと言ってもいい。それ自体が新しいとは思えず、生演奏に特別迫力があるわけでもない。楽曲の起伏は案外乏しく、キラキラなシンセと、ラップと歌唱の間を行くようなボーカルが、延々リフレインしている状態だ。

 それなのに、だ。フロアはすさまじいモッシュピット。全員タガが外れたように暴れていて、どのタイミングで、というきっかけもないまま次々とクラウドサーファーが湧いてくる。肉と肉がぶつかりあい、相手の首を締めるように絡まりながら床に倒れこむ連中がいる。泣き叫ぶように咆哮する者がいて、意味がわからないがパンツ一丁で暴れているオッサンもいる。凶暴といえば凶暴だが、幸せそうといえば猛烈に幸せそう。ただ、全体的に必死な感じがする。リズムにノッているというよりも、普段抑えている欲望や衝動をここでぶちまけるしかないという感じ。要はとてつもなく切実なのだ。絶え間なく体を動かしながら、誰も彼もがシンガロングしている。歌うというより死に物狂いで絶叫している。なぜか中指をおっ立てながら。

 ワンマンだから全員がファンなのは間違いないが、バンドを神格化する様子は微塵もない。曲間には「早くやれ!」と罵声が飛ぶ。それに対してフロントの浅見北斗もまた中指を立てる。ぶつかりあうフラストレーション。互いを煽り立てることで生まれる興奮。素に戻ることを許さないエネルギーの高さに目眩がする。80年代のハードコア・バンドならともかく、今現在のロックシーンでは決して見られない光景だ。客層もライブハウス・キッズとは程遠く、どことなくオタク風の人たちが目立つ。彼らが中指を突き立ててモッシュピットでくんずほぐれつしている様子は、なんというか、異様、の一言だった。

 中盤に披露された「フォーエバーヤング」。昔からある代表曲のひとつで、またしても全員がシンガロング。拳を振り上げて叫ぶ合言葉がすごい。〈ロッケンロッケンロケンロー!〉

 口にしてしまえば言葉は本当になる。そもそもロッケンロールの定義とは、なんていう議論をすっ飛ばし、理性をかなぐり捨ててそれを叫んだ奴の勝ちだという空気が生まれてしまう。何度も目をしばたきながら、これはたぶんアレだ、と思った。相撲でいう座布団投げの瞬間。平幕の力士が横綱を倒してしまう番狂わせ。傍目にはクールでもスタイリッシュでもない連中が、中指を立てながらありえないことを起こしている。王道のロックシーンに与さないバンドと観客が、今この瞬間は確かにロックンロールの渦中にいる。それは革命すら起こると思える、信じられない熱狂だった。

 ロックという音楽ジャンルが今も有効かといえば「そうでもない」と答えざるを得ない現状に、誰よりも意識的なアーティストがおそらく浅見北斗なのだろう。後日、改めて彼に話を訊いた。ハバナイとは、一体何なのか。

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