KREVAはラップ・アーティストとして何を成し遂げてきたか? 『嘘と煩悩』から分析

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 改めてここで指摘するまでもなく、KREVAは日本のラップ・ミュージックのソロ・アーティストとして最も成功した人物の一人だ。その成功は、セールス面はもちろんのこと、ヒップホップという音楽文化、あるいはラップ・ミュージックをメインストリームに認知させてきたことでもある。そのために音楽家として成長してきたと言っても過言ではない。「ヒップホップ原理主義者」(宇多丸)であるKREVAは、彼の出自であるヒップホップ/ラップ・ミュージックの原理主義者たち、そしてJ・ポップのリスナーの両者から敬意を払われるラップ・アーティストのプロトタイプとなった。

 では、KREVAは何を成し遂げ、そして通算7作目となるソロ・アルバム『嘘と煩悩』でどこに到達したのだろうか。

 僕は幸運にも『TOTAL 908』の初日、戸田市文化会館でのライブを観る機会に恵まれた。ライブは、『嘘と煩悩』収録の80Sブギー・ファンク風のラップ・ミュージック「ってかもう」から幕を開けた。ドラム、ベース、ギター、キーボード、MPC/DJ、そしてKREVAの6人から成るバンド編成による約2時間半のライブは、素晴らしくグルーヴィーだった。演奏だけではない。曲順、曲間のMCやステージからのオーディエンスへのアプローチ、ファンとのやり取り、それらすべてのテンポに気を配り構成されたという点でもグルーヴィーだった。

 KREVAは会場の雰囲気があたたまったところで新作のタイトル曲「嘘と煩悩」を披露した。そこでKREVAはオーディエンスに「嘘と煩悩」というリリックをリフレインする部分で首を縦に振りながらリズミカルに自分とユニゾンするように誘い込む。ポリリズムであるがゆえにテンポの掴みづらい「嘘と煩悩」に16ビートのノリでついてきてくれるように、16ビートという専門用語を使わず、「お母さんに怒られる時に『うんうんうんうん』とやり過ごす感じで」と伝えた。象徴的なシーンだった。これがまさにKREVAが執拗にくり返してきたヒップホップのエデュケーションのあり方だった。

 KREVAがソロ・デビュー果たしたのは2004年である。ソロ・デビュー曲「希望の炎」(04年)とメジャー・デビュー曲「音色」(04年)はMPC-4000というサンプラーで制作されている。にもかかわらず、両者ともメロディーが強調され、KREVAは歌うことに挑戦している。その頃のぶっきらぼうな印象のある歌唱を改めて聴くと、その後も、オートチューンを多用しつつ、同時に「地声」での歌唱を磨き洗練させていったことがわかる。KICK THE CAN CREWから独立して新たなスタートを切る際に、あえてサンプラーでこのようなメロディアスなラップ・ミュージックを制作したことこそがKREVAのソロ・アーティストとしての原点と言えるのではないか(この2曲の制作はKICK THE CAN CREW『グッド・ミュージック』(2004年)制作時に行ったと宇多丸がパーソナリティを務めるラジオ番組に出演した際に語っている)。

 ヒップホップ・プロダクションのプリミティヴさを残した(あるいは強調した)上で、耳に心地の良いメロディアスな楽曲を制作する。その両立を目指したこのソロ初期の2曲からはKREVAのBボーイ・スタンスが垣間見える。その後のバンドとのライブ・パフォーマンスをすでにデビュー時に見据えていたのではないかとさえ思える。つまり、バンド編成によるリアレンジを想定した上で「歌えるラップ・ミュージック」を作っていたのではないか。KREVAであれば、それぐらいのビジョンがあったとしても不思議ではない。

 さらに、オートチューンをかけずに歌う時の肌理の粗いKREVAの地声はやんちゃで気の良い兄ちゃんのような親近感をともなう。その地声は決して元々歌が抜群に上手い人の声ではない。だからこそ、その地声は歌唱力以前に、KREVAのフランクな人柄と人間性をファンやリスナーにダイレクトに伝えるという意味で欠かすことのできない重要な音楽的要素/コミュニケーション・ツールとして機能しているように思う。KREVAは元々歌唱力のある「歌えるラッパー」として登場したのではなく、「歌うラッパー」へと成長してきたのだ。その完成形が『心臓』(2009年)である。いまや大スターとなったラッパー、ドレイクがミックステープ『So Far Gone』で一躍脚光を浴びたのと同年のリリースだ。この作品によってKREVAは、山下達郎や角松敏生、あるいは過去に共作/共演してきた久保田利伸やプロデュースも手がけた鈴木雅之などに代表される、黒人音楽のトレンドをポップスへと変換してきたシンガーソングライター/プロデューサーたちの系譜に名を連ねることになる。

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