柴 那典の新譜キュレーション 第10回
KREVA、SKY-HI、Creepy Nuts……ヒップホップ新作に見るシーンの“充実”
今回選んだのはヒップホップの良作5枚。日本から3枚、アメリカから2枚というセレクトです。言うまでもなくここ最近のシーンの充実は間違いないことなのですが、僕が好きなタイプ、個人的に格好いいなと思うアルバムをセレクトしました。
KREVA『嘘と煩悩』
まずはKREVA『嘘と煩悩』から。リリースは2月1日なのだが、いち早く聴かせてもらった。
まずオープニングナンバーの表題曲「嘘と煩悩」がめちゃめちゃいい。耳を引くのはポリリズムの仕掛けだ。ビート自体はBPM80。かなり遅い。でもゆっくりに感じないのはそこにシンセのアルペジエーターが作り出すBPM160の6/8拍子のフレーズが重なっているからで、つまりは複合的なリズムの感触を生み出している。ラップもAメロでは4拍子のほうに、サビでは6/8拍子のほうに乗っていく。この“遅さ”と“速さ”の共存が気持ちいい。
続く「神の領域」もキレキレだ。これは重いビートに高速のフロウをぶち込む一曲。KREVAが日本のヒップホップ・シーンからリスペクトを受け続ける理由を力づくで示すようなナンバーだと思う。さらにはデビュー作に収録された「希望の炎」や「音色」を彷彿とさせる存在証明の一曲「居場所」が続く。この冒頭3曲だけで名盤と言える仕上がりなんだけれど、シンプルなビートに甘いフックを乗せた「FRESH MODE」や、細かく刻むビートとサイケデリックなシンセの和音が印象的な「タビカサナル」など、他にも攻めたトラックがかなり多い。
レーベル移籍の一発目。相当気合いが入ったアルバムだと思う。
Creepy Nuts(R-指定&DJ松永)『助演男優賞』
続いてCreepy Nuts(R-指定&DJ松永)の『助演男優賞』。こちらもリリースは2月1日。CDショップでもKREVAと隣同士に並ぶんじゃないかな。
特にR-指定は『フリースタイルダンジョン』(テレビ朝日系)が巻き起こした旋風の中心にいる存在なだけに、今作は間違いなく勝負作だったと思う。バトルの評価と音源の評価が別物なのは大前提。その上で彼は人気も名声も得たし状況も変化した。でも、だからこそ、作品に求められるハードルの高さはさらに上がった。さらに言えば前作『たりないふたり』は彼らがまだ何者でもなかった頃に抱えていた劣等感や自虐をカラフルなトラックに乗せて描いたものだから、同じことを繰り返していたらリアルじゃなくなるという罠も生まれた。
でもそういうハードルの高さを軽々とクリアするのが今作。何より曲がいい。
キャッチーで小気味いい。そしてリリックではより戯画的に「結局どこにも馴染めない」自分たちの過去と現在と未来をラップする。
特にキラーチューンなのが<ドン・キホーテにもヴィレッジヴァンガードにも居場所はなかった>と歌う「どっち」。ヤンキーとサブカルの対立というテーマはありきたりに思えるかもしれないが、<LDH 泣き歌コンピ yogee new wavesの百番煎じ>とか、繰り出していくるワードがいちいち強い。
タイトルトラック「助演男優賞」もMV含めて皮肉が効いているし、「教祖誕生」や「未来予想図」は、まさに『フリースタイルダンジョン』以降のR-指定のドロドロした人間性を見せる曲で、今これを歌うことに意味がある。そういう一枚。
SKY-HI『OLIVE』
そしてSKY-HI。彼も昨年一年で大きく状況が変わった。もともとポップスターとしての存在感と現場で周囲に実力を認めさせてきたラッパーとしてのスキルを併せ持つ人だったが、“死”をテーマにした重層的でコンセプチュアルなアルバム『カタルシス』で、さらに一段高いステージに登った。続くホールツアーも含めて“音楽家”としての評価を高めた。ロックフェスにも出演した。今まで彼を知らなかった層にも支持を広げた。達成感もあったと思う。
だからこそ彼も次の一手はとても大事だった。そしてSKY-HIは『OLIVE』で“再生”をテーマにした。アルバムの終盤では愛や平和のような壮大なメッセージにまで踏み込んでいく。正直とてもリスキーな選択をしたな、というのが聴いて思った最初の印象。宮台真司さんの著書のタイトルにもなっているけれど今というのは「正義から享楽へ」という奔流が世界中で巻き起こっている時代で、そのことを踏まえると、無闇に「正しさ」を振りかざすというのは下手をすると大衆性に背を向ける道にもなってしまう。
でも、このアルバムはそういうことを重々承知した上で、エンターテインメントの強度を高めることでその罠を乗り越えてきてる感じ。コンセプチュアルで映画的な作りになっているというのは『カタルシス』と同じだけど、徐々に闇に降りていく『カタルシス』と対照的に、今回はテーマの大きさに足をすくわれないための置き石が沢山ある感じ。たとえばMVも含めた「アドベンチャー」のファンクな“楽しさ”がキーになっている。「十七歳」の、尾崎豊『十七歳の地図』みたいな私小説性もキーになっている。
もちろん、そういう面倒くさいあれこれを考えなくてもサウンドの小気味よさでただただ心地よく聴けるアルバムでもある。