THE BACK HORNは自らをアップデートし続けるーー『月影のシンフォニー』最終公演を観て
THE BACK HORNがストリングスと鍵盤を擁したライブとしては初の全国5カ所に渡るツアー『「KYO-MEIホールツアー」〜月影のシンフォニー〜』を開催。今回はその最終日となった中野サンプラザホールのライブをレポートする。この形態のライブは去年4月に渋谷公会堂で開催した『人間楽団大幻想会』以来。さらに言えば2014年の『ARABAKI ROCK FEST.』でのゲストを迎えたセッションが発端であり、その時点から曽我淳一とめかるストリングスは参加していた。加えて、今年はグッと音数を削ぎ落とし、音像にこだわり抜いたニューアルバム『運命開花』、そしてTHE BACK HORNのキャリア史上、最もシンプルでストレートなバラードである「With You」を表題とするシングルが直近のリリースとして存在している。結婚式で歌われてもおかしくないような普遍性を持つ「With You」は、「人との繋がりを感じた『運命開花』のストーリーの一部」だと言い、何度も推敲したことを菅波栄純は筆者の取材で吐露していたし(http://skream.jp/interview/2016/10/the_back_horn.php)、小野島大氏のインタビューでは、「自分たちの曲はおそらくすべてバラードです」(http://realsound.jp/2016/10/post-9782.html)という主旨の発言をしていた。音楽的に様々な形態にチャレンジしたいという以上に、今のTHE BACK HORNがストリングスと鍵盤を入れた編成で行うライブはきっとこれまで以上の“腑に落ち感”があるはずだと期待しつつ臨んだというわけだ。
ステージ上は上手にストリングス隊のスペース、下手に鍵盤、天井から巨大な球体が吊るされている以外はいたってシンプル。ちなみにPA卓付近の音響的にも演出を堪能するにも最適なエリアの券種も発売されたほどで、ホールライブならではの拘りが感じられる。心地いい緊張感の中、フルメンバーが位置につき、菅波栄純のクリーントーンのギターに山田将司(Vo)の「チクタク チクタク 鼓動が……」の歌い出しですでに感極まったムードに会場が包まれる。岡峰光舟(Ba)のメロディアスなフレーズ、削ぎ落とした松田晋二(Dr)のビートも、ストリングスやキーボードがすべて潰れずに見事な音像で迫ってくる。バンドサウンドにストリングスを入れることに積極的ではないバンドの多くは、ストリングス・アレンジが曲を大味にすることを嫌うのだと思うが、今回タッグを組んだ“曽我淳一”のアレンジは、例えばギターで言えばコード弾き、アルペジオなどの音像とリンクしているせいか、曲の繊細さや潔癖なイメージを増幅することはあっても大味になることは全くない。カルテットなのもちょうどいいのだと思う。
ライブの緩急をつける目的か、冒頭の1曲でストリングスと曽我が下がり、「サニー」「声」は4人だけの音で構築し、その隙間の多い贅肉を落としたアレンジが今のTHE BACK HORNの音像を印象づける。この聴感はむしろライブハウスでは得難いものだし、アルバム『運命開花』でも構築したTHE BACK HORN最新の音像やそこに対するセンスを実感することができた。そしてこの日のライブで個人的に最も濃厚で緊張感に溢れたブロックだったのが、「閉ざされた世界」から「悪人」に至る5曲。ゴシックホラーな世界観を空間系のギターと蠢くベースラインで表現する「閉ざされた世界」でのバンドの表現力に圧倒されつつ、「ジョーカー」の<戦争に行くと言ったら、頬を強く打たれました。>というフレーズがーーこの曲自体は居場所がなく、自分の弱さに息ができないほどのいたたまれなさを感じている少年の心情を表現しているけれども、自動的に75年前の12月8日を思い出し、歴史と地続きな今をTHE BACK HORNのライブの中に勝手に見たりもした。つまり揺さぶられまくっていたのだ。
そこへ死の匂いが漂う歌詞を持つ「雨」の後奏部分からピアノとストリングスが入ることによって妖しさが増幅されていく。正常な精神を逸脱していくようなアンサンブルの中にレディオヘッドが緻密に計算しながらカオスを醸成するのにも似た感触を得て、若干身震いしたほどだ。そしてその緊張の手綱は緩められることなく、シャンソンやブルースの匂いのする「カラス」のイントロダクションに繋がっていき、山田も菅波も体に何かが寄生したかのように身をよじり、うずくまり、声や音を発している。でもそれが自然なことに見えた。単にフリーキーに「どうにかなってしまう」状態のアクションはライブハウスのライブでも馴染みの光景だが、この曲での二人は完全に曲の世界観に取り憑かれているように見えたほどだ。時にヒステリックなストリングスの音色や、力加減でダイナミクスが変化する生楽器の持つ特性が、バンドに作用していたのかもしれない。
このブロックの最後には、THE BACK HORNの「自分自身の心に手を突っ込んで真実を鷲掴みにする」スタンスの最新形である「悪人」が配置された。思えば菅波の回転するようなあのイントロのフレーズはなんともクラシカルではないか。ストリングスもギターのメインリフと呼応するように演奏され、恐怖よりむしろ重厚なハードロック的な側面が際立つアレンジ。ダークサイド・オブ・バックホーンな選曲のブロックは、ストリングスと鍵盤を加えた編成のベタになりがちなスケール感や感動的といったありがちなイメージを一蹴するものだった。
また、「パッパラ」でのファンクや歌謡のテイスト、「美しい名前」での菅波の洗練と繊細さの極地をいくフレージングや音色と、ストリングスのピチカートの表現が素晴らしい相性を見せたこと、そこはシンセのプリセット音源では到底表現できないものとして、生のストリングスである必然を最も感じさせてくれたところかもしれない。また、歌詞集『生と死と詞』の封入CDでしか聴くことのできない「コオロギのバイオリン」は、音源でも8分超えの大作だが、それ以上にジャズ的なアレンジに新鮮な発見がある演奏だった。終盤はこの編成であっても普段のロックバンドとしてのTHE BACK HORNの特徴が勝る曲調の「戦う君よ」や「ブラックホールバースデイ」がセットされ、勇壮さやダイナミズムに多くの拳が上がっていた。
「18年やってきても人間の憎しみとか悲しみはなくなりはしないから、それを抱えながら続けていこうと決めました」という山田のMC。そんな言葉を受けて鳴らされた「With You」は、初めて音源で聴いた時とは正反対なほど、THE BACK HORNらしく聴こえた。サビのドラマ性を盛り立てるストリングスも、穏やかな日常に戻ることを示唆するようなシンプルなピアノの和音も、何もかもが必然的だったのだ。
アンコールの締めくくりでもストリングスと鍵盤を含む編成で幕を閉じたが、やはり新旧の楽曲を世界観で繋ぎ、この編成をなるべく最適な音像で聴かせるためにホールを選び、しかも最新楽曲にたどり着く道のりも示したセットリストと演奏はよく練られていた。そしてやはり彼らはジャンルでなく意味合いにおいてバラードを奏でていることを証明していたし、音楽集団としても自らアップデートを続けていることを思い知った。
(文=石角友香/写真=Rui Hashimoto(SOUND SHOOTER))
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