『ヒットの崩壊』発売記念対談 柴那典×レジーが語る、音楽カルチャーの復権とこれから

人は“応援”のためにお金を払う

レジー:先日(10月5日)、Hi-STANDARD(以下、ハイスタ)の店頭ゲリラ販売が大きな話題になりましたよね。本書では<PIZZA OF DEATH RECORDS>代表としての横山健さんについても言及しています。

柴:横山健さんは誰もが認めるパンク界のヒーローですが、この本ではあえて経営者としての横山さんのことを書きました。彼は他のミュージシャンの誰よりも時代の風を読んでいると思います。あの売り方はハイスタのファンは当然嬉しいし、ファンにレコード店でCDを買う喜びを再び味わわせてくれたという意味でも素晴らしいことだったと思うし、大成功でしたよね。ただ、本質的にあそこでハイスタがやったことはビヨンセと同じだと思っていて。今の時代に話題を起こす、バズらせるために何が必要かということが突き詰めて考えられている。ビヨンセは今年4月にまったくの予告なしで『レモネード』というビジュアルアルバムをサプライズ・リリースした。これは配信でのリリースで告知はSNSでしたが、これはほとんどCD店がないアメリカに最適なやり方だった。それと同じインパクトを持つサプライズを日本で起こすために最適だったのが何の告知もなくいきなり店にCDを並べるというやり方だった。日本にはCD店の強力なインフラがあるし、何よりレコードショップのアカウントや公式アカウントで最初に告知しなかったのが大きかった。店でCDを買ったファンにバズを作る発信を完全に任せたわけです。先ほどレジーさんも話していましたが、音楽に限らずあらゆるカルチャーのファンは、好きという気持ちを表現するためにお金を使いたくなる。もちろん、新しいやり方は必要になってくると思いますが、CDというメディアに関して言えば、日本にはショップ愛もあるのでおそらく残っていくでしょう。というのは、ここ最近のApple Musicがアップデートされてから「Your new music」っていうオススメの新曲を毎週届けてくれるシステムの精度が上がってきているんですよね。パーソナライズされた情報が定期的に届く環境は心地良くもあるのですが、自分向けの情報だけに囲まれて過ごしていると、ある日突然崖っぷちに立っているみたいな感覚がある。エコチェンバーやフィルターバブルという言葉もありますが、リアルな場所は、その危険性から回避する手段だと思うんですよね。CD店に行って店員に信頼があれば、その人が試聴機に入れているのを聴くし、モノとの出会いもあるわけですから。

レジー:「リアル店舗におけるモノとの出会い」という話は確かにその通りだと思うんですが、一方で「なぜリアル店舗が今苦しくなっているのか」というのをすごくクールに考えると、やっぱりそれは「リアル店舗よりも便利なものがあるから」なんですよね。で、その流れは不可逆なものだと思います。「店舗よりもネットで探した方が便利」というのは一リスナーの立場としては間違いなくあるし、ハイスタの件も僕自身はものすごく興奮してその日にCD店の行列に並んで購入したんですが、「周りにCD店がないからすぐには買えない」というような話を翌日聞いてはっとしました。もちろん僕もCD店に愛着はあるし、ミュージシャンがCD店を大事にするのはすごくいいことだと思います。そういった動きが、「特定のチャネルが守られる」ということではなくて、「リアル店舗でも、ネットでも、あらゆる場所で音楽と接することができる環境が守られる」という方向に進めばなお素晴らしいなと感じています。

柴:アメリカは、もう音楽を売ったことがない人がトップスターになっていますからね。チャンス・ザ・ラッパーはCDを作っていないし、ダウンロード配信も全てフリー。新作はサブスクリプション配信限定です。自分の音楽を決して売り物にしないっていう強い信念を持っている。それでも収益はちゃんと得ている。日本においてはtofubeatsが持っている思想に近いだと思います。彼もフリーダウンロードに積極的ですから。チャンス・ザ・ラッパーはそれで最終的には富を得ているんですよね。つまりここでポイントなのは「気前の良さ」だと思っていて。気前がいい人のほうが応援したくなる。要は人がお金を払うのは、成果物の対価ではなく応援であるという、レジーさんの定義は僕も正しいと思っていて。そういう根本的なお金の使われ方の潮目の変化は、アイドルブームもその証明ですし、これから先の10年で社会全体で起こることが、音楽の分野で先行して訪れていることのひとつの例だと思います。

(取材・文=若田悠希)

■柴 那典
1976年神奈川県生まれ。ライター、編集者。音楽ジャーナリスト。出版社ロッキング・オンを経て独立。ブログ「日々の音色とことば:」Twitter

■レジー
1981年生まれ。一般企業に勤める傍ら、2012年7月に音楽ブログ「レジーのブログ」を開設。アーティスト/作品単体の批評にとどまらない「日本におけるポップミュージックの受容構造」を俯瞰した考察が音楽ファンのみならず音楽ライター・ミュージシャンの間で話題に。2013年春にQUICK JAPANへパスピエ『フィーバー』のディスクレビューを寄稿、以降は外部媒体での発信も行っている。
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