SHE’S『Tonight / Stars』で表現された、“ピアノロック”であることの必然性

 6月にリリースしたメジャーデビュー作『Morning Glow』が、iTunes総合アルバムチャート1位を獲得。ほぼ無名の新人と言っていいSHE’Sだが、純粋に楽曲の良さで幅広い層のリスナーの琴線に触れたことを証明する出来事だったと言えるだろう。その後『Morning Glow』のリリースツアーを東名阪、各々cinema stuff、雨のパレード、GLIM SPANKYという意表を突くゲストを迎えて回り、各地の夏フェスへの出演も果たした。デビューイヤーの目まぐるしさの中、早くも10月19日には2ndシングルかつ初の両A面シングル『Tonight / Stars』をリリースする。

 全作品のソングライティングを担う井上竜馬(Vo、Key)はデビュー時のインタビューで、そのジャンルには拘泥しないが、まずは「”ピアノロック”というワードのアイコンになりたい」と明言していた(参考:SHE'S 井上竜馬、メジャーへの決意を語る「“ピアノロック”というワードのアイコンになりたい」)。ステージでもエレピをセンターに据え、スタンディングで弾き歌う見え方も事実、それを強く印象付けるし、音源でもピアノの濁りのない輝度の高いメロディが曲の上昇感の推進力になっており、SHE’Sサウンドのスケールの大きさと時代を超えた普遍性の大きな要素になっている。それはブライトな曲でもソリッドでアグレッシブな曲でも近い効果を生んできたと思う。それがここにきて、今回の1曲目「Tonight」でかなり意表を突かれることになる。

SHE'S「Tonight」

 前向きに鼓舞するとか明るい光を掴みたくなるような、これまでの曲調とは全く異なる。まず浮遊するSEと淡々と緩やかにリフレインするピアノの物悲しげなカノン進行。曲の下部を支えるベースも悲しみに寄り添うようなコードだ。そしてきわめつけは井上の抑えたアルトボイスの歌い出し。止まない小雨のようなピアノと会話に近い温度感の井上のボーカルはAメロでは一度しか力を帯びることはない。そこからサビで祈りにも似た静かな力強さが込められていく声の表情も切実で、陳腐な言い方だが隅々まで心がこもっている。印象的なそのサビではこう歌われる。<凍えるよるに火を灯そう 君が一人を感じたら この声を頼っていいから どこにいたって傍へゆくよ>と。明ける気がしない孤独な夜の怖さや辛さは誰しも経験したことがあるだろう。そこで”明けない夜はない”と歌わない、もしくは歌えない切実さがこの楽曲をリスナー一人ひとりとの距離を縮める。

 井上が書いたライナーノーツによると「この音楽で、誰かが必要な時にスッとポケットから取り出して安心したり元気づいたりすれば嬉しいなあと思います」と、願わくは…という想いが綴られている。ほぼ同じタイミングで彼はこの曲の背景としてある友人を思っていたことと、熊本地震(“九州のこともあったし”という表現だったが)についても思うことがあったとツイートしていた。誰かがとても傷ついて、“頑張って”とか“なんとかなるさ”と言えない時、そして言われたくない時、ただここにいてくれることで自分の体温、そして存在を知る。そんなさりげなくも命を繋ぐ想いが、まるでそのまま音楽になったような楽曲、それが「Tonight」だ。

 両A面の1曲目としてはチャレンジングな静けさだが、昨今の例えばサム・スミスやフランク・オーシャン、もっと言えば宇多田ヒカルの新作など、静かで繊細であるがゆえにリスナーの細胞レベルにサウンドとともに最も大事なメッセージを染み込ませるアレンジはむしろ世界的な潮流だ。もちろん、SHE’Sのそれはバンドサウンドだが、ミックス処理で遠くに感じるドラムサウンドや、生々しさを抑えたサウンドプロダクションにはそうした時代の肌感覚とのリンクも伺える。試しにあなたの心が疲れている時に「Tonight」を聴いてみて欲しい。耐えていた緊張が解けていくのが体感できるだろう。

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