『題名のない音楽会』出演直前! ジェフ・ミルズが語る、クラシックとテクノの新しい関係

J・ミルズ、テクノとクラシックを語る

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Jeff Mills: The Planets at Amsterdam's Concertgebouw.「Robeco SummerNights 2016(2016.8.30)(c) De Fotomeisjes

「テクノに大事なのは、多様で開かれた音楽であり続けること」

ーー私もそう思います。では、現在あなたが制作中の新作『Planets』についてお訊きします。これまであなたはオーケストラとの共演で『Blue Potential』(2005)『Light From The Outside』(2007)『Where Light Ends』(2013)と演奏してきました。この過程であなたが学んだこととは何だったでしょうか。

ジェフ:クラシックと自分のエレクトロニック・ミュージックのバランスです。両者にあまり差がないようミックスしていくバランスを、この10年で会得しました。あと機材を簡素化することで、生楽器の人たちと同じように即弾けるような環境作りをするようになりました。

ーーなるほど。すぐ音が出る通常の生楽器と準備が必要な電子機材のタイムラグに不便さを感じていた。

ジェフ:その通りです。midiクロック(同期信号)使用せずに、その場で音を出せる環境にすることが、オーケストラと演奏する上で大切なんですね。

ーークラシックはダイナミック・レンジが大きいから、ピアニシモの時の電子機材の残留ノイズ等には気を遣うんじゃないですか。

ジェフ:そうですね。なので自分もミキサーを手元に用意して、ピアニシモの時は音を完全に消すなど、マニュアルでコントロールしています。

ーー今回の『Planets』ですが、構想はいつ、どのような形で始まったのでしょうか。

ジェフ:構想を思いついたのが2006年ですね。実際に作曲作業を始めたのは2007年です。

ーーそんなに長期にわたるプロジェクトなんですね。

ジェフ:最初にオーケストラとのコンサートをやった直後に、どういう形で自分がクラシック音楽とやっていけるか考えた時に、このコンセプトが生まれたのです。人々が受け入れやすい、わかりやすいコンセプトとして「惑星」を思いつきました。もちろん惑星をテーマにした有名曲としてホルストの「惑星」があるんですが、それから100年がたってーーもちろんその間に冨田勲さんの「惑星」もありましたがーー自分なりにアップデートした「惑星」を作ってみたいと思ったのがきっかけです。

ーーその100年分のアップデートとは、どういう内容なんでしょうか。

ジェフ:私は科学的な事実に基づいて作曲しています。ホルストは天文学というよりも占星術とかギリシャ神話とか、そういうものをモチーフにしていますが、私はNASAなどから宇宙に関する様々な最新の情報を入手し、そのうえで作曲をしています。それがアップデートの部分です。たとえば土星(saturn)は回転(自転周期)が速いので、それが曲のテンポに影響しています。また土星には輪がありますが、5.1チャンネルのサラウンド・システムを使って、その輪が回転しているような音を表現してみたり。また冥王星(pluto)は、作曲しているギリギリの段階で、冥王星に水があるかもしれないという最新の情報を入手したので、「水」というキーワードを共通項として地球との関連性を表現するために、完成寸前に曲の一部を変え「地球」の曲の一部分をモチーフとして使ったりしています。そうした科学的なファクトが反映されているのです。またホルストやトミタの「惑星」は惑星そのものにポイントを置いていますが、私の作品は惑星と惑星の間の宇宙空間も重視していて、惑星から惑星への旅を描写したコンセプトもあります。

ーー宇宙空間は完全な無音らしいので、それをどう音楽で表現するか興味があります。

ジェフ:(笑)。太陽系全体を見た時に、多くを占めるのは惑星ではなくその無音空間なんです。そういったものを今回は表現してみたかった。各惑星をモチーフにした曲はどちらかといえばクラシック的なアレンジになっていて、宇宙空間の曲はエクスペリメンタルなものにしたかったので、エレクトロニックな曲になってますね。

ーー今回のアルバムは、エレクトロニックのみのバージョンと、オーケストラ・バージョンの2枚組になるとお聞きしました。どうしてそういうものにしようと思ったんですか。

ジェフ:エレクトロニックなバージョンは、クラシカル・バージョンを作るにあたって私が最初に作ったバージョンなんです。その音源を元にアレンジャーと相談してクラシカル・バージョンを作りました。それをエンハンス等せずに、そのままCDに収録します。このオリジナルがクラシカルなオーケストラ・バージョンに進化したという、その2つを聴き比べてみてほしい、ということです。

ーーそのエレクトロニック・バージョンは、オーケストラにするのが前提のものなのか、それともそれ単体で独立・完結した作品なんでしょうか。

ジェフ:オーケストラ化することを前提として作りました。

ーーつまりこの部分にはストリングスを入れ、この部分にはホーン・セクションが入る、というようなことを念頭に置きながら作った。

ジェフ:その通り。もともと商品化するつもりはなく、アレンジャーに聴かせるためのスケッチ、アイディアとして作ったので、楽曲としてそれほど完成度が高いものではありません。ですがそれを聴いてもらうことが大切だと考えました。

ーー私が聴かせていただいたのは、エレクトロニック・バージョンと、オーケストラ版のミックス前のものですが、クラシックとエレクトロニックな部分のミクスチャーがより自然に、かつダイナミックなものになっている印象です。

ジェフ:これから5.1チャンネルの部分や、楽曲間のトランジションをもう少し詰めて整えていきます。

ーー5.1チャンネル音声は、普通の2チャンネル・ステレオと比べて作り方などはどう違いますか。

ジェフ:すべてが5.1チャンネルになるわけではなく、まずは土星の輪を表現するために5.1にします。太陽から離れれば離れるほどミステリアスな部分が多く、そうした部分を表現するために3次元的な音にしたかったので、アルバム後半の方で5.1を使っています。

ーーNASAのデータを見ながら、なるべく科学に基づいたものを作っているというお話ですが、宇宙を音楽で表現するのであれば、最後は想像力の勝負だと思います。あなたの音楽でその想像力は、どの部分にもっとも発揮されていると思いますか。

ジェフ:まず最初にコンセプトを考える時。それに基づいて楽曲を作り、それを聴いて、本当に自分が思ったような曲になっているか、この曲を聴いた人が、私が表現したいことをちゃんと感じてくれるかどうか判断するときに、また想像力を使います。

ーー今回この作品を作ってみて、自分なりの収穫や達成感、手応えなどはありますか。

ジェフ:クラシカルとエレクトロニックの要素がうまくミックスして、境目がわからないぐらいのレベルに達することができたのが、2005年に本作のプロジェクトを始めた時からの大きな進歩です。今作はすごくいろんなものが達成できたと思うし、クラシックともエレクトロニックとも言えない、何か新しいものができたかなと。そう考えると、自分がこれまでやってきた中でもすごく大きな一歩ではないかと思います。

ーーあなた自身にとっても、音楽シーン全体にとっても大きな収穫ということですね。

ジェフ:そうですね! 音楽というジャンルにとどまらず、コンテンポラリー・ダンスとか、映画とか、いろんなジャンルのカルチャーとのミクスチュアが一般的になりつつある今、その完成形のひとつではないかと思います。時代的な流れとしても、ちょうどいいタイミングで作れた気がしています。これに影響を受けて、エレクトロニック・ミュージックがさらに進化していってほしいと願っています。

ーーこうしたクラシカルとのコラボレーションも大きな価値のある仕事ですが、テクノ・ミュージックのDJ、あるいはトラックメイカーとしても、あなたが依然重要な存在であることは間違いありません。エレクトロニック・ミュージックのアーティストとして、あなたは今どういうモードで、これから何をやろうとしているのか。

ジェフ:とても楽観的な気持ちでいます。というのもテクノはもはや確立したジャンルであり、その地位は揺るぎません。ダンス・ミュージックというだけでなく、さまざまな分野に応用できる音楽としての評価を固めつつある。そこで大事なのは、結論を出さない、ひとつの型にはめ込まない、不確定な部分を残した、多様で開かれた音楽であり続けることです。それは自分だけじゃなく、ほかのプロデューサーたちも同じ気持ちだと思います。そうした姿勢を忘れないことで、テクノは常に発展の余地を残し、進化し続けるような音楽であり続けるはずです。

(取材・文=小野島大)

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