中村一義の楽曲にはなぜ“突き抜け感”がある? 『ERA』再構築ライブ発表を機に楽曲分析
続いて『ERA』から「ハレルヤ」。キンクスの「Lola」やジョン・レノンの「Give Peace A Chance」、ブラーの「Tender」などのエッセンスを凝縮させた楽曲だが、コード進行は至ってシンプル。Aメロは<F/C - F/C - F/C - B♭/C>、Bメロは<B♭ - C - F - F7>を3回繰り返し、<B♭/C - B♭/C - B♭ - C>でブレイク。サビは<F - B♭/B♭7onA♭ - F - B♭/B♭7onA♭>と、ベースが分数コードB♭7onA♭で響きを変えている以外、ここまでほぼ3コードで成り立っている。しかし後半のBメロは、<B♭ - C - F - F7 - B♭ - Bdim - C - A7>と展開し、ディミニッシュやセカンダリードミナントコード(A7)で聴き手をハッとさせる。とはいえ、基本的にはゆったりとした非常にループ感の強い楽曲。ゲストを多数迎え、一人多重録音ならではの「密室感」が薄まっているのも、『金字塔』やセカンドアルバム『太陽』にはなかった傾向だ。以降は自身のバンド、100sを率いてレコーディングをおこなうようになり、中村の楽曲はさらにシンプルで開放的なものが増えていく。
100s名義での『世界のフラワーロード』から3年ぶりとなる2012年、再び中村はソロ名義のアルバムをリリースする。「中村一義×ベートーヴェン」というコンセプトのもと、自らの楽曲にベートーヴェンの交響曲を組み込んだ『対音楽』は、『太陽』以来およそ14年の一人多重録音アルバム。そのため、あの「密室感」がどの楽曲にも漂っている。先行シングルにもなった「ウソを暴け!」は、ヴァースがジョン・レノンの「Isolation」を彷彿させ、ディレイのかかったピアノとオーギュメントの響きが印象的。コード進行は<AonE - AaugonF - F#m - A7onG/G - DonA/EonB - C#7/F#m - D - Esus4/E>。前半のベースラインはオーギュメントコードをうまく利用し半音上昇を強調したものだ。Bメロを挟まずサビへと進み、コード進行は<A/EonG# - F#m/AonG・C#7 - D/A - G/E>と展開。「永遠なるもの」を彷彿させる「カノン進行」の応用型だ。セカンダリードミナントコードC#7をアクセントというか、経過音的に使っているのがユニーク。抑揚のついた弾むようなメロディも、一度聞いたら忘れられない。ちなみにこの曲は、ベートーヴェンの「交響曲第1番」が組み込まれており、オーケストラパートはシンセやメロトロンで演奏している。
そして、今年3月にリリースされた最新アルバム『海賊盤』は、Hermann H.&The Pacemakersのメンバーや、元BEAT CRUSADERS のマシータ、100sのギタリストで朋友・町田昌弘らと再びバンド編成で制作されている。そのため楽曲も、シンプルで開放的な方向へとシフト。冒頭曲「スカイライン」は、コールドプレイの「Viva La Vida」やアーケイド・ファイアの「Wake Up」のような、“オーオー”というシンガロングや掛け合いコーラスをフィーチャーしたアンセミックなナンバー。さらにバンジョーやスライドギターも導入したカントリー風味のアレンジは、中村にとって新境地と言えるものだ。サビのコード進行は、「永遠なるもの」「ウソを暴け!」と同じく「カノン進行」の応用型で、下降するベースが特徴の<A - EonG# - F#m - G/Esus4・E>を2回繰り返した後、ほぼ同じメロディを乗せて<F#m - E - E/G6 - F#7>へと展開していく。後半はファルセット・ボイスになり、コードは<D・E/F#m - D/C#7>。基本はダイアトニック・コードだが、G6やF#7、C#7がアクセントになっている。
一人多重録音やバンド編成など、作品ごとにスタイルを変え、そのつどソングライティングも変化/進化を繰り返してきた中村一義だが、聞き手に高揚感をもたらす抑揚のあるメロディや、ビートルズをはじめとする過去の音楽への飽くなき憧憬、そこから生み出される華やかでバラエティに富んだアレンジは、常に変わらない。そして、きっとこれからも数々の名曲を生み出し続けてくれるだろう。
■黒田隆憲
ライター、カメラマン、DJ。90年代後半にロックバンドCOKEBERRYでメジャー・デビュー。山下達郎の『サンデー・ソングブック』で紹介され話題に。ライターとしては、スタジオワークの経験を活かし、楽器や機材に精通した文章に定評がある。2013年には、世界で唯一の「マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン公認カメラマン」として世界各地で撮影をおこなった。主な共著に『シューゲイザー・ディスクガイド』『ビートルズの遺伝子ディスクガイド』、著著に『プライベート・スタジオ作曲術』『マイ・ブラッディ・ヴァレンタインこそはすべて』『メロディがひらめくとき』など。
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