globeカバーベストに見る色褪せないポップ性——HYDE、浜崎あゆみ、木村カエラらが歌う名曲から読み解く

「Precious Memories」坂本美雨

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坂本美雨

 一方、このアルバムの中でも最も攻めたアレンジをしているのが坂本美雨。「Precious Memories」のカバーは、ヴァイオリンやチェロの豊かな生音の上で彼女が歌うアレンジになっている。サウンドプロデュースは徳澤青弦。くるりやハナレグミなどとも共演してきたチェロ奏者で、彼女の優しい歌声を、繊細ながらもドラマティックなサウンドが包んでいる。坂本美雨は「7歳の時に小室さんに出会い、その後ずっと影響を受けてきました」とコメントしているが、1980年生まれの彼女が7歳なのは1987年。小室哲哉がTM NETWORKの代表曲「GET WILD」をリリースした頃だ。

 当時から彼女の実父である坂本龍一と小室哲哉には親交があった。山下邦彦『楕円とガイコツ 「小室哲哉の自意識」×「坂本龍一の無意識」』(太田出版)には、97年にラジオで語った彼の言葉が引用されている。

「小室さんを批評する人はね、パターンだけで作ってるとか、いろんなことを言うし、そういう面もあるんだけど、一見あたりまえのコード進行でもってきても、必ず小室になっている。しかも、単に小室の個性が出ているんではなくて、誰が聞いてもほんとに入ってしまう、という…。それは頭とか技術ではなくて、才能ですけどね。そこがマジックなんですよね」

 第一線の音楽家として、小室哲哉の才能を誰よりも認めていた一人が坂本龍一だった。その娘として育ってきた彼女が今回globeのカバーを歌うことには、世代を超えたドラマティックなストーリーを感じさせる。さらに、今年夏に坂本美雨は無事に第一子を出産したのだが、コメントによるとレコーディングは臨月の最中で行われたのだという。まさに三世代にわたる「Precious Memories」を記録したカバーとなったわけだ。

「Feel Like dance (Piano Solo)」小室哲哉

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 そしてアルバムのラスト、小室哲哉自身によるセルフカバーは「Feel Like dance」のピアノソロ。印象的なのは曲の冒頭にドボルザーク「新世界より」の有名な一節を引用していること。原曲ではオーケストラによって勇壮に奏でられるフレーズがピアノの物悲しげなメロディとして奏でられ、そのまま「Feel Like dance」に突入する。

 小室哲哉自身、自ら選曲と観衆をしたクラシックのコンピレーション・アルバム『SAGA ~TETSUYA KOMURO Classic Selection』の解説にて、自らの根底にクラシック音楽があることを告げている。

 彼がキーボーディストとして大きな影響を受けた三人と語っているキース・エマーソン(元ELP)、リック・ウェイクマン(元YES)、ジョン・ロード(元ディープ・パープル)は、いずれもクラシック音楽の素養を持ち、それをロックやポップ・ミュージックの中で開花させた経歴の持ち主。小室哲哉自身も、その系譜に連なる音楽家であることを象徴するようなセルフカバーと言っていいだろう。

 また、アルバム全体を聴いて強く感じることが一つある。さまざまなヴォーカリストがそれぞれの歌声を披露していながら、そこに何故かKEIKOの存在を感じてしまう、ということ。カバー曲にはそれぞれの個性が発揮されているのだが、アルバムを通して聴くと、歌いまわしにどこか統一したテイストがある。それが他のカバーアルバムやトリビュートアルバムとの大きな違いとなっている。おそらく、globeの曲には、小室哲哉が書いたハイトーンのメロディに「KEIKO的な歌いまわしをせざるを得ない」引力のようなものが働いているのではないだろうか。

 70年代のプログレッシブ・ロックや洋楽全般を聴いて育ち、クラシック音楽を根源的なルーツとする小室哲哉のミュージシャンシップ。80年代以降のヨーロッパのダンスミュージックを日本に輸入し土着化させることで大きく拡大したエイベックスというレコード会社の土壌。そしてパワフルな歌声で女性としての強さと悲しさの両面を表現することのできるKEIKOの類まれなるヴォーカリストとしての力量。ジョーカー的な存在としてのマーク・パンサー。さまざまな文化の結節点としてglobeは95年に登場した。

 そして20年。『# globe20th -SPECIAL COVER BEST-』は、その音楽的な面白さを、改めて様々な角度から感じられるカバーアルバムになっているのではないだろうか。

■柴 那典
1976年神奈川県生まれ。ライター、編集者。音楽ジャーナリスト。出版社ロッキング・オンを経て独立。ブログ「日々の音色とことば:」Twitter

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