「21世紀のR&Bバラードは90年代の余韻」松尾潔の考える、R&Bの変わらないスタイルと美学

松尾潔の考える、R&Bの変わらない美学

歌謡曲とR&Bの近親性

――筒美京平さんがずっとブラック・ミュージックを輸入して、歌謡曲として日本にローカライズされてきたわけですが、あるいは筒美さんの時点で、日本の土壌に溶け込ませる素地作りはできていたと言えますでしょうか。

松尾:平井堅やCHEMISTRYのヒット・アルバムに関わった直後の2003年頃、京平先生がお声掛けくださって、それから集中的に3年間ほど一緒に仕事をさせていただきました。自分なりに彼から学べるものはすべて学ぼうという気持ちで。

 その経験をふまえてお答えするなら、いにしえのソウル・ミュージックは京平先生が量産態勢にあった時代に日本仕様化されたことはたしかですが、現在R&Bと呼んでいる音楽様式が日本に根付いたのはやはり90年代だったと考えています。というのはR&Bが今のかたちに完成したのが90年代だからです。そしてそれ以来、本質的には変わっていない。

 ぼくは1994年を「R・ケリーの年」と呼んでいます。というのも、この年のビルボードR&Bチャートは、彼の「Bump N’ Grind」が首位を12週間キープしたのをはじめ、続くアリーヤのデビュー曲「Back & Forth」、ジャネット・ジャクソン「Any Time, Any Place」のリミックスと、計25週間も連続してR・ケリーの音がチャートを独走したんです。興味深いのは、彼の曲は使ってる音楽機材のプリセット音で作られたようなシンプルなトラックが多勢を占めるんです。

 その状況を見て「みんな変わらないものを求めているのではないか」という仮説が浮かんだんです。その仮説を立てた94年からすでに20年以上が経ちましたが、スロージャムと呼ばれるR&Bバラードは、若干の音響の違いはあるものの基本的には変わっていないんです。アップテンポな曲でさえ、時代ごとの装いの変化はあっても根本的には変わっていないようにぼくには感じられます。

 論より証拠で、94年のR・ケリーのアルバムのバラードと、最新アルバムのバラードを聴き比べても、作りはあまり変わっていない。彼の後継者といわれるトレイ・ソングスやクリス・ブラウンもスロージャムの音楽的形状は変わらないですね。

 ポップ・ミュージックは新しくなければいけないという理念の人たちにしてみれば、進化が止まったように見えるかもしれませんが、「上手くいっているものを変える必要はない(if it ain’t broke, don’t fix it)」というのがR&Bの美学なんです。前に進むのではなく、上に積み重ねていくということで、僕は「笑点システム」と呼んでいるんですが(笑)。

――松尾さんご自身は、音色や音響に対してはどういうスタンスですか。

松尾:プロデューサーとしては、ここ10年くらいで自分の中で音色もかなり定まってしまって、トラックメイキングの面で革新的な試みをすることはなくなりました。求められているものがはっきりしてきたからです。
 それ以前は、例えば最新鋭サウンドがロンドンの2ステップであるならば、それを体感しようと実際にロンドンまで足しげく通ったり、あるいはマイアミまでロドニー・ジャーキンスに会いに行ってコライトのノウハウを学んだり、そういった研修目的の海外出張も積極的にやっていました。ライター時代から海外との移動を重ねてものを考えるプロセスが日常化していましたし、実際にそういった研修の成果を自分のプロデュース作品に落とし込んでもいました。でもこの10年くらいで、ぼくに求められているものが、「最新のビート」ではなく「最良のメロウ」であることがわかってきて。となると、その期待を裏切るつもりもないんです。まあミックスのバランスだけは時代を見据えてつねに微調整していますが。

――そういう保守性は、たしかに日本の歌謡曲に近いですね。

松尾:そうなんですよ。「NHK紅白歌合戦」で常連出場の演歌歌手が同じ曲を何回も歌うことに対して「新しいヒット曲が出ていない」という冷笑的な見方がある一方で、「持ち曲が国民に浸透している」という見方もできるわけです。演歌じゃないですけど一青窈さんの「ハナミズキ」なんかもそうですよね。歌われるたびに厚みが増している。

――R&Bが、メンタリティ的に日本の土壌に合っているとして、問題はグルーヴですよね。

松尾:相違を感じますよね。先日のディアンジェロのライブでも、どうリズムを取ればいいのかわからないおじさんたちを見かけましたし、名前は出せませんが、評論家やミュージシャンにもぜんぜんリズムが取れていない方が見受けられました。

――日本人は基本が縦ノリなんですよね。縦ノリの場合、盛り上げるイコールBPMを上げるになってしまう。

松尾:グルーヴはセンスなんです。そして、センスというのは磨こうとすれば磨くことができるものだと僕は思っています。ここで言う「センス」は限りなく「スキル」に近いんですが、スキルの積み重ねがセンスだと評価されることが実際の生活ではほとんどだと思いませんか。たとえば、女の人に「あの人は女性の扱い方がこなれているね。センスがいいから」と言われたら、たくさん女の人と交際してきたからセンスが良くなったというのは自明なわけです(笑)。音楽に関してもそれと同じことが言えると思います。ある程度まではね。それ以上はギフティッドな領域ですが。

 ただ、なかにし礼さんが「僕にとって平成とは昭和の余韻にすぎない」という名言を残されているんですが、少なくとも彼にとっては日本の歌というのはそういうものであり、そう感じたいものだったんでしょう。そこからはみ出すものが出てきても引き戻す力が働いて、結局は「紅白歌合戦」に代表されるような「THEニッポンの音楽」に収斂していく。そのマグネティックな力には、多少新しいリズムなどが登場してきても抗えないでしょうし、そう見れば、昭和の時代に歌謡曲は完成してしまったというのもまたたしかなことなのかもしれません。

 同じように、21世紀のR&Bバラードは、90年代の余韻にすぎないと思います。

――今年の初めに出版された輪島裕介『踊る昭和歌謡 リズムからみる大衆音楽』という本は、リズムを中心に置いたときに、日本の戦後歌謡史はどう書き換わるかという内容なんです。55年のマンボ・ブームを起点に、最初は踊るものだった戦後歌謡が見るものに変化していったことが示されるんですが、でもニコニコ動画の「踊ってみた」とか、AKB48「恋するフォーチュンクッキー」のダンス動画ブームなどを挙げて、踊る歌謡曲が復権しつつあるんじゃないかと説くんですね。

松尾:三代目J Soul Brothersの「R.Y.U.S.E.I.」という曲が昨年からカラオケ市場ではたいへんな人気ですが、お客さんはカラオケに行って歌っているんじゃなくて踊っているんですね。音サビと言いますか、サビの部分に歌詞がないんですよ。EDM特有のドロップがサビになっていて、そこでみんなで踊っているんですね。ランニングマンというダンスの基本的なステップをシンクロさせながら。

――「踊ってみた」はニコ動だからボカロ曲で踊っているのも多いんですが、ボカロ曲ってBPMがめちゃくちゃ速いのが多いですよね。200とか平気であるのにそれで踊っているという。

松尾:既存曲を倍速にして踊る人もいるようですね。

――じゃあ縦ノリなのかと言うとそうでもなくて、クラブ系のダンスだったりするんですよね。ちょっと驚きです。『Jazz The New Chapter』のキモはリズムですが、プログラミングによるリズムを生身のドラムが奪取することで生まれる何かに妙味があると言えると思います。だからマーク・ジュリアナとかドラマーの超人的な技術にフォーカスが当たるわけですよね。
 ニコ動の「歌ってみた」とかでは、人間が歌うことを想定しない、つまり人間の能力を超えているような初音ミクの歌を人間が歌っていて、ある意味では同じことが起こっている。テクノロジーが人間の能力を更新させてしまっているわけで、「踊ってみた」もそうなのかなと思うんですよね。

松尾:ぼくもPerfumeの歌を口ずさんでいるときに、オートチューンで加工した歌声を真似している自分に気がついてハッとすることがあります(笑)。アーティフィシャルなものに人間が熱を加えてもう一度取り戻すということは、楽しいことなんでしょうね。

 『メロウな日々』と『メロウな季節』の中でも繰りかえし書いているように、ぼくはマチュアとかメロウといった言葉で表現できる成熟したボーカルが大好きなので、初音ミクとかのシーンにはけっして明るくないんです。それでも1年に何回かは、わからないなりに意表を突かれるかたちで人工的なボーカルのJ-POPにメロウネスを感じる瞬間はありますね。US R&BシーンのロジャーとかエイコンとかT-ペインを愛でるのに近い感覚で。Perfumeなら「マカロニ」とか、tofubeatsの「水星」とか。

――ああ、なるほど。わかる気がします。

松尾:ぼくは彼らとはまったく面識はないですが、メロウネスを体感的にわかってらっしゃる方々なんだろう、おそらく好きなものはそれほど違わないだろうな、と思っています。以前「tofubeatsさんは松尾さんが90年代に関わった曲も結構掘ってるみたいですよ」という話を人から聞いたことがあるからかな。つい最近になって知ったんですが、彼は2009年にぼくの作品をリミックスしてくださっていたんですね(CHIX CHICKS「“ELECTRO CHIX” MEGA MIX (tofubeats Remix )」)。

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