ラーメンズ・片桐仁からウサビッチまでーーザ・プーチンズ主催『全日本テルミンフェス』をレポート

『全日本テルミンフェス』をレポート

ザ・プーチンズ「恋愛契約書」MUSIC VIDEO

 そして大トリは主催者のザ・プーチンズ。スクリーンの川島さる太郎が「ここで帰ってもいいんですよ?」と紹介した後に、ザ・プーチンズのライブは始まった。ステージには街角マチコしかおらず、重低音の響くトラックに合わせてテルミンを弾いていると、DJブースからサングラス姿の街角マチオが現れた。大雑把すぎるDJのイメージだ……。さらに「母さん、俺、主催するイベントでDJするんだ、登りつめたぜ……!」という母親へのメッセージが延々と流れされた。

 そして、「セイッ! 全日本! テルミンフェス!」のコール&レスポンスをしているうちに、不可解なほどの盛りあがりに。さらに、街角マチオが「僕のベイビー!」と狙いを定めた、何の罪もないファンをステージに上げ、ヘッドフォンを着けさせると、街角マチコの声で「DJにナンパされてるー、母さん、私登りつめたわ、しかも片桐仁さんの全日本テルミンフェス! サブカル好きで良かったわー」など、ステージに上げられた当事者の意向を完全に無視した音声が流された。ひどい……。しかし、このファンを巻き込んだ強引さこそザ・プーチンズのステージの真骨頂だ。

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ザ・プーチンズ。

 会場の照明を自分たちで暗くしておいて「この世は闇だ」と嘆きつつ、「でも電波があれば大丈夫」と「デンパデンパ」の演奏を始めると、ふたりは暗闇の中で光るサングラスをつけて一気にEDM感を増していた。そう、本人たちの意向とは無関係に、テルミンとEDMがうっかり接続されてしまったのだ。さらに、街角マチオが大好きな中◯ヤ◯タ◯が枕元に立って提供してくれたというエレクトロ・ナンバー「ナニコレ」へ。この楽曲は、この設定でいつまでやれるのだろうか……。しかも、「ナニコレ」では街角マチコがステージを去ったので、もはやテルミンすら関係なかった。

 すると、「ナニコレ」が終わった瞬間に、大きなカツラをかぶった街角マチコが再登場し、「最後は私がひとりで締めたいと思います」と街角マチオをステージから排除。そして、12月のアルバム・リリース、年末のワンマンライブを発表した。最後はクールジャパンを意識したという「すしてるみん」。寿司とテルミンというクールジャパンすぎる組み合わせに、フロアの外国人たちがヒートアップしたのも必然だった。すると、街角マチオをはじめとする寿司に扮した男たちが登場し、さらには巨大な獅子舞も登場。会場から「ソイヤッ! ソイヤッ!」というお囃子が起きる中、獅子舞に頭から食われていく街角マチオ……。いつの間にか、やはり全身タイツの澤部渡がドラムを叩いていた。ドラッグを摂取して見た幻覚のようなステージを展開しながら、ザ・プーチンズのライブは終了した。

ザ・プーチンズ「すしてるみん」MV / The Putins "Sushi Theremin" MV

 寿司に興奮したファンの激しいアンコールに応え、再びスクリーンが上がると、脚立の上には全身タイツの街角マチオが倒れていた。「俺たちの作った『全日本テルミンフェス』が、こんな全身タイツで終わるなんて……痛い……共演者の視線が痛い……」というモノローグから奮起しての「シンデレラ」では、「玄米! 白米! 五穀米!」という米に執着したコール&レスポンスを起こし、ライブは幕を閉じた。

 楽器をメインにしたイベント自体は珍しくないだろうが、一般的な知名度はまだまだ低いテルミンを軸としながらも、チケットがソールド・アウトするほど多くの人々を集めることに成功した「全日本テルミンフェス」。テルミンとは関係ないアーティストが出演したり、そもそも当のザ・プーチンズですらテルミンを使わない楽曲があったりと、大胆なスタイルのフェスだった。そうした点も含めて、テルミンという楽器を普及させるための新たな方法論をザ・プーチンズが実践してみせた一大イベントだったと言えるだろう。

■宗像明将
1972年生まれ。「MUSIC MAGAZINE」「レコード・コレクターズ」などで、はっぴいえんど以降の日本のロックやポップス、ビーチ・ボーイズの流れをくむ欧米のロックやポップス、ワールドミュージックや民俗音楽について執筆する音楽評論家。近年は時流に押され、趣味の範囲にしておきたかったアイドルに関しての原稿執筆も多い。Twitter

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