挫・人間の下川リオが語る、サブカルの屈折「素敵なお兄ちゃんは、僕のことなんか好きにならない」
「ナゴムの遺伝子」とも称されるパンクバンド、挫・人間が2ndアルバム『テレポート・ミュージック』を8月26日にリリースする。約2年振りのアルバムとなる本作は、挫・人間らしいエッジの効いたパンク楽曲はもちろん、チープなサウンドの打ち込みで作り上げたテクノポップ風の楽曲や、ヒップホップに影響を受けて挑戦したという“世間とのラップバトル”、美少女になりきって歌ったポップスなど、無節操ともいえるアプローチでバンドの新境地を開拓した一枚だ。ボーカル・下川リオは、なぜこのような作品を生み出すにいたったのか。カオスな世界観が炸裂した同作に込めた思いを、本人に聞いた。
「恨みつらみをできるだけポップにまとめた」
――ファーストアルバム『苺苺苺苺苺』は、下川さんの世の中に対する積年の恨みが込められた渾身の一作という感じでしたが、今回のアルバム『テレポート・ミュージック』はさらに一歩、こじらせた自意識がにじみ出た作品だと感じました。
下川:ありがとうございます(笑)。たしかにこれまでは、積年の恨み炸裂系のバンドだったんですけど、現実はそればかりじゃないんですよね。苦しいことしかなかったら、それだけ歌っていればいいんですけど、今作ではもっと「音楽」をやりたいなと思って。「シネ」とか「コロス」みたいな放送禁止用語を使わないようにして、恨みつらみをできるだけポップにまとめるようにしました。現状は何も変わっていないんですけど、気持ちだけは少し前向きになったというか。これまでは排他的な人間だったと思うんですけど、もっと感情を共有してもいいんじゃないかと考えるようになったんです。
――たしかにサウンドはかなりポップになりましたね。でも、内容的には自虐的なニュアンスも強くなったような……。
下川:そうですね、自己否定的な気持ちがすごく強くなってしまって……。本当は「I Love You」とか言ったり、ラブソングをたくさん作ったり、「手をつなごう」みたいなことを歌う予定だったんですけど、まったくそうならなくて(笑)。もともと世の中に対して攻撃的な姿勢だったと思うのですが、その対象が自分にシフトしてしまったんです。サブカルやアングラって言われるようなものは、どこかしら攻撃的な部分を持っていると思っていて、そういう世界から抜け出したいとはもちろん思わないんですけど、ただ、そればかりではいずれ単にマニアックでオナニー的なバンドに成り下がってしまうという危惧もあって。それで攻撃の矛先を自分に変えてみたら、この有様ですよ。
――(笑)でも、内省的な表現には共感できる部分も多いし、音楽的にもかなりチャレンジングな作品に仕上がっていると思います。
下川:いろいろトライしてみたくなったんですよね。ハードな音楽も好きなんですけど、同時にソフトロックみたいなものもすごく好きだし、ヒップホップも好きなので、全部やってみたという感じですね。パンクバンドには「俺はもうパワーコードしか弾かない」という人もいるけれど、今の時代においては、それはもはやパンクじゃないという風にも感じていて。本当に自分が好きな音楽ってなんだろうと考えたとき、僕はひとつを選ぶことはできなかったし、そもそもひとつにこだわる必要もないのかなって。実際、どんなジャンルをやっても繋がっていくという予感はしていました。
――幅広い音楽ジャンルに挑戦しながらも、下川さんらしさはまったく失われていませんね。1曲目の「念力が欲しい!!!!!~念力家族のテーマ」は、イントロからなんかドタバタ走って叫んでいて、かなりインパクトがありました。
下川:あれはEテレさんのタイアップで、「インパクトのある曲が欲しいです」みたいなことを言われたので、声だけの方がビックリするかなと思って。その場の思いつきで、スタジオ内を走り回って録音することになりました。あと、バトルしているときの映像に使うということだったので、特撮ヒーローっぽさを全面に押し出して、それにちょっと90年代のポストロックの風味を足したという感じです。インパクト勝負で作ってみたら、一曲目っぽくなりました。
――一方で2曲目の「セルアウト禅問答」は、先ほど話していたようなサブカルやアングラに対しての複雑な思いが垣間見れますね。
下川:歌詞にもあるように、「ナゴム(レコード)の遺伝子」とか言われて、僕はすごく嬉しいんですね。実際に元々ナゴムだった人から、「自分のやってきたことを若い子がフィードバックしてくれているのが嬉しい」という声をいただいて、誇りに思うところもあるんです。今の音楽の流行りって、まさにこういう「セルアウト禅問答」みたいな4つ打ちロック曲が流行っていて、それはアングラ好きの音楽ファンからすればやっぱりダサいと思うんですよ。でも、僕の場合、それはそれで全然嫌いじゃないし、とにかく売れたいとも思っていたので、「みんなで踊れる4つ打ち曲」を作ろうとしたのですが、やっぱり第三の自分みたいなのが舞い降りてきて「そんな曲作っていていいのか」っていうんです。それで結果的に、とても売れ線の曲っぽくない歌詞になってしまったという。「I love you」って言葉を入れたんですが、なんかヤケクソぎみの「I love you」になってしまって。
――「ナゴムの遺伝子」というフレーズもそうですけども、サブカル好きな人とかが読むと、ニヤリとさせられるネタが散りばめられていますね。
下川:本質的には、やっぱり僕はサブカルの人間なんだと思います。だから、頑張って売れ線の曲を書いても、こうなるのかな。やっぱり『グミ・チョコレート・パイン』とかで育った人間なので。
――苦悩そのものを丸ごと見せてしまうのも、サブカル的な感じはありますね。次の「土曜日の俺はちょっと違う」は、「閃光ライオット」で披露した曲の別バージョンですよね。
下川: 5年前くらい前の曲ですね。その時は何も考えずに作った曲なんですけど、歌詞を読むと、当時から自分は変わってないなって思いますね。人に認めてほしいとか、家に帰りたいとか、ここにいたくないとか、そういう感情はいまも残っています。当時の僕は体重が90キロ近くあるチビデブだったので、もしかしたらその時の方が説得力はあったかもしれないけれど、いまもまだ引きこもりで、実家にいるときから大して変わっていないです。
――でも、そんなメッセージ性の強い曲の後に続く「オー!チャイナ!」は、ただ中国っぽいだけの曲でした。
下川:そうです、何のメッセージ性もないです(笑)。よく深読みされたりするんですけど、これはただ中国っぽい雰囲気が好きだっていうだけで、まったく意味はないですね。でも、意味がない曲が好きなんですよ、実は。
――なるほど。「可愛い転校生に告白されて付き合おうと思ったら彼女はなんと狐娘だったので人間のぼくが幸せについて本気出して考えてみた」は、とてつもなく長いタイトルですけど、これは?
下川:僕はけっこう文学とか好きで、純文学だったら坂口安吾とか、最近だったら舞城王太郎さんとか読んでいて。あとは大槻ケンヂさん、町田康さん、中島らもさんもすごく好きですね。ライトノベルも読んでいて、最近の流行りとして、タイトルがめちゃくちゃ長い作品が多いんですね。で、これを音楽に応用したら面白いんじゃないかって思って、こういう曲を作りました。挫・人間らしいラブソングということで、現実の恋愛じゃなくて、妄想だけで完結させています。