ディアンジェロ&ザ・ヴァンガード来日公演の意義とは? サマーソニック&単独公演を宇野維正が考察

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 多くの人が今回のディアンジェロのステージに、ジェームス・ブラウン、P FUNK、プリンスといったファンクレジェンドたちの姿を重ね合わせていた。で、それはもちろんその通りなんだけど、ジェームス・ブラウンもP FUNKもプリンスも何度も生で見ている(オヤジの自慢だと思ってスルーしても結構。でも、全部初めて見たのは中高生の頃だぜ)立場から言わせてもらうと、ディアンジェロのライブはファンクをベースにして(それは一貫して変わらない)そこにさらに「オン」されているものがすごいんだよね。これ、過去のライブに関してはライブ盤やブートレグ盤や動画からの知見を元にしているので万全の説得力は持たないかもしれないけど、初期のライブはやっぱりヒップホップ的なフックとタイム感をファンクに持ち込んだのが同時代としては圧倒的に新しかったし(いわゆるネオソウルと呼ばれていた他の面々は、ソウルのマナーはそなえていても、ディアンジェロほどファンクのマナーにどっぷりと足を踏み入れてなかった)、『Voodoo』期のライブは演出も含めてアルバムの音源以上にかなりロック的なダイナミズムに寄っていて、それが当時の黒人オーディエンスから不興を買ったこともあった。そのあたりは、今回のライブにおける「The Charade」のパフォーマンス(かつてはプリンスに比肩するファンクの革新者だったジェシー・ジョンソンが大活躍していたトリプルギターソロ、会場全体で拳を上げての合唱)を思い出してもらいたい。あれはあれでもちろんクソ最高なんだけど、今以上にブラックミュージックと白人音楽のセグメントがキツかった2000年頃にアレをアメリカのエンターテインメントのど真ん中でやるのは、かなりレフトフィールドな表現だったわけですよ。プリンスという前例がいたとしてもね(P FUNK、というかファンカデリックはエンターテイメントのど真ん中にいたことはない)。

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 で、今回のディアンジェロ&ザ・ヴァンガードのライブではファンクに何が「オン」されていたかというと、これは自分よりも詳しい人が何人もいるのでドヤ顔で言うわけではないんだけど、要は「2010年代の新しいジャズの潮流」ですよね。これによって、ディアンジェロのステージは伝統芸能としてのファンクを継承するブラックミュージックファン感涙のライブを超えて(もちろんその要素もあった)、90年代後半以降のR&Bのトレンドセッターとなったスーパースターの復活ライブを超えて(もちろんその要素もあった)、2015年における最先鋭にして最上の表現となっていた。その何が感動的って、そもそも「2010年代の新しいジャズの潮流」自体が、過去にディアンジェロが撒いた種が芽を開いたものだということ。ディアンジェロから強い影響を受けてきたロバート・グラスパー率いるロバート・グラスパー・エクスペリメントでの活躍を筆頭に近年のジャズシーンにおけるキーマンとなっているドラマー、クリス・デイヴ。もともと超一流のベーシストだったけど、近年、復活ザ・フーからアデルやナイン・インチ・ネイルズまで、ますますその活動の奥行を深めている伝説のベーシスト、ピノ・パラディーノ。そのクリス・デイヴやピノ・パラディーノと近年数々のセッションを繰り広げてきたギタリスト、アイザイア・シャーキー。今回のザ・ヴァンガードのサウンドの核となっていた3人は、ディアンジェロが沈黙していた10数年の間にも独自の進化を遂げ、時にコラボレーションを重ね、今回のディアンジェロの復活を機に、まるでアベンジャーズのように集結したわけ。ライブにおける「ディアンジェロの15年分の進化」には、ディアンジェロ個人の進化だけではなく、過去のディアンジェロの音楽を支えてきた、あるいはその音楽に影響を受けてきた、超絶ミュージシャンたちの「15年分の進化」が回り回って全部詰まっていた。音楽が時代を超えて進化していくっていうのは、つまりそういうことなんだよね。ジミ・ヘンドリックスが所有していた黒いストラトを、部屋の壁に飾ったりしないで、飛行機に乗せて日本のステージ上でもギュワンギュワン弾いていたディアンジェロは、そのことを何よりもわかっている。

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 先日、ディアンジェロが日本を去る際に、本人のTwitterのアカウントから「Thank you Japan for being a part of these 3 incredible shows. Hope to see you again soon. 日本の皆さん、サマソニと単独公演を観に来てくれてありがとう!またすぐに会えることを願っています」という英語と日本語によるツイートがあった(まぁ、このアカウントを管理しているのは本人ではなくマネージメントなんだけど。ディアンジェロの指は、スマホをいじるためではなく、ピアノやギターを弾くためにある)。なので、今回のどう控えめに言っても「奇跡」と呼ぶしかない来日公演を見逃した人も、期待していていいと思う。世の中には、何度でも起こる「奇跡」というものもある。きっと。

■宇野維正
音楽・映画ジャーナリスト。「リアルサウンド映画部」主筆。「MUSICA」「クイック・ジャパン」「装苑」「GLOW」「NAVI CARS」「ワールドサッカーダイジェスト」ほかで批評/コラム/対談を連載中。今冬、新潮新書より初の単著を上梓予定。Twitter

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