ドリフターズ、氷川きよしから、ジャニーズWESTへ……今も歌い継がれる「ズンドコ節」の系譜

 ところで、「ズンドコパラダイス」からすぐに連想するのは、「ズンドコ節」である。この曲に取り入れられた演歌感も、氷川きよしによる「きよしのズンドコ節」(2002)と呼応するものである。もともと作者不詳の流行歌だったこの曲が、「ズンドコ節」として歌い継がれていくのは戦後のことだ。代表的なところを挙げると、まずは、バタヤンこと田端義夫による「ズンドコ節(街の伊達男)」(1947)がある。さらに、小林旭による「ズンドコ節」(1960)。そして、ドリフターズによる「ドリフのズンドコ節」(1969)と続く。「きよしのズンドコ節」も含め、いずれも大ヒットだ。最近では日本のヒップホップグループであるstillichimiyaが、ドリフヴァージョンをパロディにした「ズンドコ節」(2014、名曲!)を発表していることも記しておく(参考:stillichimiya【MV】ズンドコ節)。これら「ズンドコ節」は、それぞれ作詞者や作曲者も異なっていたりして微妙なアレンジを施されもするが、基本的にはメロの部分を七五調にしながら「ズンドコ♪」と歌い継がれている。ジャニーズWESTもしっかりと七五調と向き合っており、戦前から歌い継がれる「ズンドコ節」の系譜から外れていない。筆者はつねづね、ジャニーズが偉いのは日本の歌謡曲の歴史を軽視しないことだ、と思っている。「ズンドコパラダイス」においても、それは例外ではない。「ズンドコパラダイス」は、戦前から続く「ズンドコ」の系譜にしっかりと位置づく。

 流行曲は口ずさまれ、歌い継がれていく。短く見積もっても、日本では70年前から「ズンドコ♪」と歌われている。渋谷のセンター街でガンガン音楽が流れるのは、少し耳障りな気もするが、なんとなく口ずさまれ、いつのまにか覚えている、という流行歌のありかた自体は、ずっと以前から変わらないとも言える。ノベルティソングでありコミックソング」である「ズンドコパラダイス」よ、堂々と流行歌であれ。

■矢野利裕(やの・としひろ)
批評、ライター、DJ、イラスト。共著に、大谷能生・速水健朗・矢野利裕『ジャニ研!』(原書房)、宇佐美毅・千田洋幸『村上春樹と一九九〇年代』(おうふう)などがある。

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